持つべきものは市場の友で、富山のホタルイカが大量に届いた。

ホタルイカを見かけると、燻したくて燻したくて白目を剥いて震えだす、蛍烏賊燻製偏執狂スクイッド・スモーキング・パラノイアの私は、届いたそれを心ゆくまでスモークし、そして例のごとくオイルで封をしたのである。

ホタルイカの燻製レシピについては以前記事でご覧あれ。

大量に作ったはいいものの、レパートリーに乏しい私の使いみちといえば、オイルパスタにするか、アヒージョにするか、はたまたそのまま酒のあてにするのがせいぜいだ。オイルに沈み犇ひしめき合う燻製ホタルイカを眺めながら「さて…どうしたものか…」などと呟いて途方に暮れたのであった。

折おりしもその頃、インスタグラムで「ホタルイカのラグーパスタ」という未知の料理を見かけ、ホタルイカ迷宮で彷徨さまよっていた私は、その差し込んだ一条の光に手を伸ばしたのである。

それにしても、ラグーとは何者なのか。なんとも妙たえなる響きだ。たとえば、間に・中黒を挟むと、

　　　　ラ・グー
                  〜灰色の恋人たち〜

などといった表題タイトルで、ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を軽く獲ってしまいそうな雰囲気がある。そして、授賞式で主演女優の背中の大きく開いたドレスを見て「これでは手裏剣や苦無くないが防げぬではないか」などと、全国の忍者が息を呑む光景までが、ありありと妄想イメージできる。

おっと…話が明後日に飛ぶ悪癖が出てしまった。これ以上、ホタルイカの調理に忍者を持ち出すのは…
忍者だけに──忍びない。

さて、ラグーとは、フランスやイタリアで大まかに「煮込んだソース」のことを指すようだ。

出逢ってすぐのラグーではあるが──郷に従えとばかりに、ここは和風に仕上げていこう。

白ワインを清酒に、アンチョビを鰹の酒盗に。
大葉偏愛型人間シソノイドとしては、大葉も大量に使っていきたいところだ。

燻製ホタルイカを細かく叩こうと包丁を入れると、凄まじい絶叫が台所キッチンに響いた。ホタルイカの断末魔かと思いきや、手間暇かけて燻しあげたホタルイカを切り刻む定めとなった業深き私の心の叫びであった。

種を除いた唐辛子、潰したにんにくに燻製ホタルイカの漬け込みオイルを注ぎ、弱火で煮出していく。台所キッチンが感動的な香りに包まれ、額に薄うっすらと「蛍」の文字が浮かび上がるが、肚はらに力を込めてそれを振りはらう。

にんにく、唐辛子を取り出し、叩いたホタルイカと酒盗を加える。切ったトマトと叩いた納豆を投入し、パスタの茹で汁を加えて煮詰めていく。ちなみに、そのまま酒のあてや飯の友にするにはやや個性が強すぎるきらいのある鰹かつおの酒盗だが、料理に使うのには鮪まぐろのそれよりもコク深く、断然オススメだ。

そして、やや硬めアルデンテに上げたパスタを絡めて盛り付け、「怒りを覚えるほど」大量に刻んだ大葉をあしらってそれは完成した。

ホタルイカなのか、酒盗なのか、大葉なのか。はたまたヴェネツィア国際映画祭なのか、何が主役か判らなくなったが、なかなかに感動的な味わいの極上麺スパゲッティーニが出来てしまった。

夫婦そろって夢中になってフォークを回しては口に運ぶ。差し込む朝日にそれフォークが反射し、部屋中を瞬またたき跳びまわる。その様は、産卵後に浜に打ち上げられ発光するホタルイカに似ていなくも──なくもない。