🍥スモークチーズ🍥
風呂上がり、私と妻はビールのあてに、娘はジュースのお供にと、我が家には欠かすことのできない常備食だ。
なかでも娘は、スモークチーズの「茶色い」ところ、つまり、煙と熱で出来た表皮が好物という筋金入りの5歳児だ。嬉々としてスモーキーな表皮を齧りながらジュースをガブガブと飲む姿を眺めていると、親として彼女の将来を危…嘱望せざるを得ない。
煙娘はさて置いて、雪印のファミリアチーズや6Pチーズ等のプロセスチーズが、温度管理や味わいの観点から、初心者にもとっつき易い食材と言えるだろう。
とはいえ、温度管理や燻煙時間、ウッドチップの選定で仕上がりが変わってくる「沼要素」もたっぷりなので、幅広い燻製ユーザーが楽しめる稀有な食材でもある。
現に、私のような恒常的に煙にまみれている煙倒錯者も、スモークチーズを作るときにはトーテムポールがごとく背筋がスッと伸びるものだ。
おっと、前置きが長くなってしまった。長いのは息と地縛霊の髪の毛くらいで十分だ。
それでは、お馴染みのプロセスチーズがS級の酒肴へと変遷していく様子をご覧いただこう。
チーズの包装を剥いていると、思わずその煙知らずの乳白の肌に顔を埋め、甘い言葉のひとつでも囁きたくなるが、子や妻に目撃されたら事だし、我が家からスモークチーズという存在が消えること必至だ。ここは自重しておこう。
オニグルミとミズナラ、そしてリンゴのウッドチップを配合し、低温からじっくりと煙を纏わせていく。
ん?配合の割合だって?
…その…アレだ…肌感覚だ…
少しずつ温度を上げながら、チップを都度足していく。
たっぷりと煙を浴びて色づいていくチーズに、
「汚れちまったお前はあの頃には戻れないのだよ」
などとネチネチと意地の悪い言葉をかけて、チーズの内面からも色づきを促していく。
ここまで表皮が育ったら、あとは仕上げだ。
敷いていたオープンシートを外し、温度を7〜80℃まで高めていく。
この最終ターンのウッドチップに、ピートを少し加える。
ピートの効果は、小さじ1/3ほどの少量でも絶大だ。ウッドの煙では決して得られない香りは、まさにピーティーと呼ぶより他ない。
ムラなく色づき、その赤褐色の肌がぷっくりと張ったら完成だ。
今回は撮影のためにチーズの位置は不動だったが、本来は煙の対流や色づきのムラを見ながら、庫内で頻繁に移動させる。同じ条件で燻製しても、毎回同じ仕上がりになるとは限らない。この煙の気まぐれさが、スモークチーズ作りの厄介…醍醐味といえるだろう。
今回はなかなかの出来で、顔が映りそうなほど良いツヤが出た。
実際に顔が映るか試そうとするも、私の中で寝ているあいつが目を醒ましてしまうかもしれない。
チーズと深淵を覗くのはやめておこう。
しかし、茶色だ。恐ろしく茶色だ。茶狂っている。
この茶色すぎる晩酌問題を打開するには、白い酒だ。にごり酒が相応しいだろう。
スモークチーズを齧り、にごり酒をひと口含む。
濃厚なチーズとスモーキーさに、とろりとした米の豊かな風味が絡みついて、なかなかクセになるマリアージュだ。
マリアージュといえば「違うものが調和する」といった意味で、フランス語で「結婚」を指す言葉である。
スモークチーズとにごり酒のマリアージュが、思いのほか盛り上がり「晩酌無双」状態なった夫を見る妻の目は、きわめて冷淡だ。
この状態を、
非マリアージュという。
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