見出し画像

【寓話・物語】絶対に儲かる生き方

「絶対に儲かる生き方を、お教えする。」
「この生き方をすれば、1ヶ月に10億稼げる。」
「今の仕事は大変。しかも儲からない。」
「でもこの方法、とっても簡単。」

「君にとって、もっともたいせつな記憶を僕に売るんだ。」

「1ヶ月好きに遊びまくる。豪遊して楽しむ。それを僕に10億で売ってくれればいいよ。」
「1ヶ月遊んで、僕に思い出を売るだけさ。」

私はアプトノスのひく木でできた車に揺られていた。
昼寝してたんだ。ぼろい布切れの隙間から日差しが目に向かってさしてくる。私は寝ぼけながら狭い車で、んんっと体を伸ばす。

もうこんな生活こりごりだ。
何もせずに好きなことできて、好きなときに飲み食いできて、好きなときに寝て、好きにこき使ってたいな。

今僕はハンターが狩ったり捕獲したモンスターから生の肉を剥ぎ取って、売ったり。時には焼いたのを売ったり。そんな仕事をしている。村の人には、「モンスターから肉を取るなんてグロくていやだ」とか「気持ち悪い」とか思うらしい。私からすれば何の肉なのかもわからずにいるほうが気持ち悪いのだが。

そんな仕事から帰り、マイハウスについたころだ。ちなみに私は村の人で、一流ハンターやゲストハンターではないので家賃が必要だ。

家に着く。暇だ。することがない。することといえば、明日の仕事に備えて寝るだけだ。

退屈だ。

退屈しのぎに"ハンター大全"でも読もう。これは王立古生物書士隊が書いたものだ。この世界のことを書いてある。全てが明らかになったわけではないが、多くがここに記されている。私にもこんなハマれることがあったらな、って思う。

最近やけにしんどくて気がだるい。ちょっと前まではウキウキだったのに、あの日の私はどこへ行ったのだろう。まるで人が変わったみたいに。世界が一晩一変したみたいに。パラレルワールドみたいだ。

しかし私は恵まれている。労働さえすれば、何不自由ない生活ができる。

退屈だ。

にしても、このハンター大全に挟まっていたこの"はがきほどの紙"が気になっていた。はがきほどの紙は栞代わりになるのでいつも栞として使っていたのだが。

そこには「絶対に儲かる生き方」とまるで集合写真のとき前で寝転がるやつのように目立って、大きなゴシック字で書かれていた。

気にはなっていた。が、こういうのは触れないほうがいい。だからといって、このはがきほどの紙を他のものに変えようとすると、他のことをするうちに忘れてしまう。なぜなら、はがきほどの紙を他のものに変えようとするとき、もうすでに栞になっているからだ。

退屈だ。

すこしだけ読んでしまった。読むつもりはない。目にはいった。

「月に10億」

うん、怪しい。ここはあえて騙されてやろうか。そこには錬金術によるものだとかいろいろ書かれていたが、ともかく、退屈なので、行ってみることにした。決して、もし、本当に、10億儲けられたら、なんて、思っても、いない、少しも。

見た目は普通のハウスだった。むしろ怪しくない、いたって一般的な、中流ハンターや村の民の住む木でできた家だ。そこには誰もいないが、声だけがした。

「絶対に儲かる生き方を、お教えする。」
「この生き方をすれば、1ヶ月に10億稼げる。簡単た。」
「君にとって、もっともたいせつな記憶を僕に売るんだ。」

なので私は、売ってやることにした。ものは試しだ。何も、もし、10億貰えるなら、本当に、思い出と交換して、10億貰えるなら、なんて、思っても、いない、少しも。
もちろん退屈だからのってやっただけだ。

声が止み、このハウスを出ようとして振り替える。
そこではじめて、あしもとに10億あることに気がついた。

次に気がついたときには、帰りだった。アプトノスではなく、ポポがひく高級な広々とした車だった。この布切れの砂ぼこりを見るに、旧砂原の帰りだ。観光地になったんだ。誰かの投資で。

布切れの他には、酒があったであろう木の容器、この包み紙と香りはスペシャルバーガー、ほんのり甘い香りに砂原の帰りだからおそらく熱帯イチゴのタルトだ。ついに念願の好き勝手ができた。

ということは10億。本当に。やったぞ。おそらく誰も知らない特別な方法だ。話してたまるか。俺だけのものだ。仕事なんてもうやめだ。遊んでやる。またあのハウスへ。

「君にとって、もっともたいせつな記憶を僕に売るんだ。」

また10億。最高だ。飲み食いに、こき使い、好き勝手、思い通り。

「君にとって、もっともたいせつな記憶を僕に売るんだ。」

そして10億。

また10億。

ほら、10億だぞ?なぜ誰も交換してくれない、その料理をよこせ!
「ここもどこもあんたのおかげでもう儲けはいらないにゃ。だからこの腕をふるって無償でハンターに作ってるにゃ。にしても、あんた誰にゃ?」

私が誰?10億ある、教えてくれ。誰か。

<君にとって、もっともたいせつな記憶を僕に売るんだ。>
私は何を売っていたんだろう。てっきりその月に飲んだ一番うまい酒とか食いもんとか、あのときみた裸体とかかと思ってた。違うのか?何を売ってたんだ?

私は何を売ってたんだ?

ハウスへ行く。いったい何を売ってたんだ。そもそもこのハウスの声の主、いったい誰なんだ?何も知らないまま10億手にして好き勝手して思い通りで仕事もやめて自由になって飲み食いも困らない安心安全を手にしてあらゆる欲求も満たした。

私は何を売ってたんだ?

「10億ある。私がお前に売った思い出は何か、教えてくれ。それにお前誰なんだ?この10億はどうやって手に入れてるんだ?」

答えない。何も答えてくれない。
そこで気がついたのは、ずっとそこの机の上にあった、はがきほどの紙だ。あったのは知っていたが、どんなものかは知らなかった。そこには文章が書かれていた。えらく昔のものか、風化して少しかすんでいたが、読めた。

「あなたはあなたにとってもっともたいせつなきおくをうってしまった。そのかわりに10億をてにした。そして、なにをうってしまったのか、このこえのぬしはだれなのか。じぶんはだれなのか。しりたければ、このしるえっとのとおりに、ぽーずをしなさい。」

と書かれているはずだ。読み間違いでなければ。なのでその通りにした。なぜにポーズなんだ?とは特に思わなかった。それほど喪失感がものすごかった。

すると、声の主の声だ。

「なら、100億、用意して。今すぐ。」

また売って10億か?それしかないのか?貯めて…。いや、使わずにはいられなくなる、それでいいのか?私は何を売ってたんだ。

「10億もあげない。0だよ。どうするの?」

そんな、無茶だ。私が売ってしまった記憶を買い戻すには、100億なんて、どうすれば。頼む。この記憶は、きっととっても大切なことなんだ。

私は何を売ってたんだ?

そうだ、おれが声の主になって、他のやつを陥れればいいんだ。仕組みは謎だが、ここにやり方が書いてある。陥れて、私が何を売ったのか解き明かしてやる。



このままでは、他の罪のない者が陥れられてしまう。
私が売ったものは、とっても大切な記憶です。

ここでの100億は、あなたの100円に相当します。

救えるのはもう、あなただけです。

救いますか?


まばゆい光がほとばしった。

そこには100億あった。そして、そこにあったと同時に跡形もなく消え去った。

「誰かが100億とどけたよ。」

??
私には何が起きたのかわからない。だが、私のために、本当にありがとう。

「君のためじゃないと思うけどね。じゃあ約束通り、君が売ったものを君が買うよ。」

ついにわかる。私が売ったもの。100億もする、いや、それどころではないもの。私が売ったものはなんだ。

「それはね、【人としてこの世に生まれたこと】だよ。」

思い出した。すべて思い出した。【人としてこの世に生まれた】んだ。いつ死ぬかもわからない。いつ終わるかもいつ始まったのかもわからない。なぜ生まれたのかもわからない。それでも生きる人として。世界をより良くするために、助け合い、協力しあい、困難を乗り越えて、自己実現のために、成長したり、ときに挫折したり、ぶつかりあったり、失敗したり、うまくいったり、転んだり、理不尽に嘆いたり、その中にも楽しいことがあったり、辛いことがあったり。そんな人としての生を。人生を。

俺はお金のために、【人として生まれた記憶】を売っていたんだ。【もっともたいせつな記憶。思い出】を。あの日のことは忘れない。やっとこの世に生を受けて飛び出した日を。泣くことしかできなかったあの瞬間を。人として生まれたことを。村がドラゴンに襲われ、緊急事態の中、幼かった俺を救ってくれたハンターのことも、もう忘れない。

自分の欲のために、もっともたいせつなことを忘れてお金だけを手にした。それをすべて自分の快楽のために消費した。旧砂原の観光事業に投資してもよかったかもしれない。あそこのビジネスモデルは人にもモンスターにも良い。シュレイド城でやってた悪徳ビジネスとは違っていた。

ハンター大全にも、人間について書かれていた。
<人間。どの種族よりも野心的で、力や金、名声を高めることで生への満足感を得る。だからこそむしろ魅力的で、無限の可能性を秘めた種族。>と。

あらゆることが頭をめぐる中、声の主は話しかけてきた。
「昔ね。竜大戦があったの。ワイバーンは高く売れるから乱獲してた。秘密裏に。だからワイバーンたちは怒って村を攻撃してきたの。それをきっかけに、合法的にワイバーンたちを殺し始めた。村を守るためにってね。」

竜大戦。ハンター大全にも載っているが、少し違って聞こえる。パラレルワールドのように。

「それで人とモンスターは対立してしまい、大戦争が起こった。それを静めたのが歌姫たちだった。戦地に行っては歌い続けた。人として生まれたこと、竜として生まれたことを忘れるな。って。」

「人の野心や強欲は、とっても魅力的だけど、向け方によっては恐ろしい。ワイバーンの力や器官もとっても魅力的。でも向け方によっては危険。それを忘れちゃいけない。」

「君も竜大戦時代に生きていたんだよ。忘れてるだろうけど。他にも大海賊時代にも砕氷船に乗ってたり、第二次世界大戦でも沖縄にいた。みんな忘れてしまう。忘れるから繰り返す。でも忘れるってとってもすばらしいことなんだ。だから代わりに僕が忘れない。ずっと。」

「お金のために生きてもいじわるなだけだよ。人のために、モンスターのために、世界のために、自分のために、誰かのために。だからお金ってもらえるんだよ。それを忘れちゃいけない。」

人として生まれたこと。私が売ってしまった思い出。そしてそれによってしてしまった豪遊。一文なしの今。夢中になっていたあの頃。間違いと知っててもそこにしか進めなかった。今ならまだにあう。






















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?