北川夕立

いつか小説家

北川夕立

いつか小説家

最近の記事

命日

私は1日ずつちゃんと生きてることを確認するために、有名人の命日をメモしてある。 そして、自分の年齢と同じ年に亡くなった有名人の命日にその人の作品に触れるのだ。 悪趣味といえばかなり悪趣味な気もするし、根暗といえば否定はできない。 私が大好きな作品を作った人の人生の終わりを感じて、私は今まで生きてきた中で何を成し遂げただろうかと感じる。 少なくともこの人たちよりも長く生きる私は、今後何を生み出すのだろう。 時間を無駄にはできないというやる気と、まだ何も出来ていない喪失

    • 緘黙の騒々

      川上から流れる僕の憂鬱を 君は捕まえられないでいるね。 そう。僕は今日、透明な憂鬱に捕まって抜け出せないでいる。 椅子に座るとペットボトルのラベルの歪みが気になった。 そして、おもむろにそれを投げ出したくなった。 反抗期の高校生が床に本を叩きつけるみたいにじゃなく、メジャーリーガーが目の前の大量に積まれたジェンガに向かって豪速球を投げるかのように、 僕は僕の右腕で、そのペットボトルで、目の前のものを全て壊したかった。 でも、それは頭の中のことであって、 現実の僕は大人

      • 加湿器

        湯気の向こうに僕の愛しさ。 柔らかい髪も、もこもこのクマの部屋着も、きっと君だから優しく見える。 「昨日のテレビ見た?」 君が、椅子の上で三角座りをして聞く。 「あの曲さ、今年何回聴いたか数えておけば良かったね。 一億分のどれくらいなのかな、あたし達って」 僕は君の話を半分聞きながら、餃子を包む。 「来年はさ、多分お笑いが流行るよ。 今年は面白い流行語なかったからさ、きっと、若手の人が来年に向けていっぱいギャグ考えてると思うんだ」 君は器用に爪を塗っていく。 少し

        • 660円

          クリスマスが近づいて、自分に何かプレゼントが買いたくなった。 私はいつも何かと理由をつけて自分にプレゼントを買う。例えば、本とか、ケーキとか。 でも、アクセサリーは買ったことがない。 ピアスは開いていないし、イヤリングは耳が痛くなる。ネックレスは首が冷たいし、髪飾りも付けない。 そうだ、リングを買おう。 右手の薬指につけるやつ。 小さい頃習っていたピアノの先生。すごく綺麗で大人っぽくて、うーん、ジャンルでいうと北川景子って感じの人。 細いスキニー、先の尖ったピンヒール、高

          フロントメモリーで今夜夢を見る。

          だいたい調子が乗らない時って、朝起きた時から予感はしてる。 朝起きて、歯磨きが床に落ちたり、 着替えようとして、ブラ紐が緩かったり、 うまく行かない日は朝から重力がきつい。 電車に乗る前に、忘れ物に気付いたり、 いつもは常備してるミンティアが残り3粒だったり、 もう、なんに頑張れない。 そんな日は充電が減るのも早い。 そのくせ空が綺麗な青だったりして。 見上げる暇なんかないっつーの。 最近は道の石ころを蹴る余裕もない自分がいる。 頑張れないよ。 そう呟いた

          フロントメモリーで今夜夢を見る。

          膝の絆創膏

          あの頃の僕は君の憂鬱に惚れていたし、君だって僕との会話に少しはときめいていたんじゃないの? 秒速で進んでいく時計の針に、君はいつだって逆らっていたね。 僕はいつもそんな君をみて君の髪を切りたいと思っていた。君の少し右に曲がった前髪はきみの気持ちだったのかもしれない。 教科書の落書きも、机に書いた好きな歌詞も、小テストの赤いインクも、汚れたカーテンも、全部全部きみが作ったものだった。 鍵の閉まった屋上のドア。 その前で君は短いスカートも気にせずあぐらで座って、その絆創膏を

          膝の絆創膏

          ちょこれーと

          帰り道、チョコをひとつ食べた。 それだけで勇者になった気分。 やなやつの事も忘れる。 失敗も恐れない。 今なら、許すと言う魔法も使える。 たった、一粒で私はちゃんとした帰り道の地図を手に入れた気になる。 少し気が大きくなって、少しおしゃれな紅茶の葉っぱを買ってみた。 アイテムがひとつ増えた。 強くなった。 扉を開けると、可愛い花屋さんがあった。 私は小さなピンクのカーネーションを買った。 アイテムがまたひとつ増えた。 可愛くなった。 無意識に足取りは軽くなるし、鼻歌

          ちょこれーと

          君の薔薇

          クリスチャンディオール、クイーンエリザベス、アンネフランク 一つ一つ、立ち止まって君はその名前を呼んだ。 アンブーリン、ミケランジェロ、プリンセスチチブ 色んな人がいるのね、って言いながら、スイートムーンに鼻を近づけた。 君は、少し悲しそうな顔で僕を見た。 一つに束ねた黒髪に陽が当たる。 その美しい顔を少ししかめて、 「トイレの芳香剤の匂い」 とだけ僕に伝えた。 僕はいつも通り、君に返事はしなかった。 「昔ね、紫のバラの人に会いたかったことがあるの でもね、そん

          君の薔薇

          蝶の影

          私の周りを彷徨いて、邪魔で、けど、ぶつからない。ちょうどいい距離を君は知っているけど、私はいつもはらはらしていた。 君が私に話しかけてきたのは、3ヶ月前。 少し背が高くて、おしゃれだった。 博物館の見学実習で、移動の時だった。 私は博物館は一人で回りたいタイプの人間だし、君はなんだかにこにこしていて、多分友達が多そうだから最初は正直怖かった。 「この前の課題って、そっちの班も出ましたか?」  私は、前の人についていきながら、君に返事をした。 「次のとこ、僕初めていく

          準急

          端っこの椅子に座りたかったのに、取られた。 帰りの23分、トンネルだらけのこの準急で、君は何をしていいのか分からないでいる。 一度トンネルに入るとスマホは使えないし、23分という時間で本を読むほど器用でもなかった。 強いていうなら、化粧を落としたかった。 朝の電車でマスカラをする人がいるのなら 帰りの電車ですっぴんになる人がいてもいいんじゃないかしら。 君は心の中で思いながら、小さな声でつぶやいた。 まぁ、絶対にやらないけど…。 開いたドアの向こうのホーム。 傘を

          踊り場に溶ける

          青いパーカー。 コーデュロイのキャップ。 180センチの君。 あの時あたしは何もかもが眩しかったから ポケットに「共通点」を忍ばせて、 いつも君の背中が5歩通り過ぎたあと、 階段の踊り場について行った。 共通の話題なんてない。 ただ、そこにあたしたちがいるだけで、 友達でもなかったかもしれない。 同じ部屋にいて、みんなとの会話はあるけど 2人で話すことは一度もなかった。 でも、踊り場は何故か魔法の様に2人に会話をくれた。 「みおちゃん、昨日電車乗れたの?」 ほら、

          踊り場に溶ける

          箱と蓄光

          昨日見た夢の続きに、君がいた。 目が覚めたとき、僕たちは大人になった。 楽日。 長かった稽古も一昨日終わった。 台本は昨日から開いていない。 ご飯も、ちゃんと食べた記憶がない。 差し入れのクッキーとマドレーヌ。 控室に転がったエナジードリンクの缶。 小屋の近くのコンビニの仕入れはだいたい把握していた。 壁に向かって息を吐き、君はその少し低い声で発声をすると、自然と周りに人が集まり、 いつの間にか全員で声を出した。 あ、え、い、う、え、お、あ、お 君が目を閉じて、足の幅

          箱と蓄光

          日陰

          神様がくしゃみをしたとき、君が生まれた。 おばさんはそう言って写真の傾きを少し直した。 真夏がよく似合う君はいつも靴下を履かない。 僕が長袖に少し手を潜らせると、君はズボンの裾を少し折る。 君がだいたい先生から怒られている時、僕は教室で本を読む。 僕が先生から褒められている時、君は廊下の窓からシャボン玉をふく。 君が僕に初めて声をかけてきたのはお互いに覚えていない。 でも、たしかに君から声をかけてきた。 遊ぼうとか、何してるのとか、そんなどうでもいいことだったはずだ。