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【眼球綺譚】(短編小説)

物心ついたときから、わたしは左手に眼球を握りしめていた。
もともとは、もろく、どろりとした状態だったそれは、しばらくするとちぢんで、干物のようになる。
幼いころは、同世代の女の子たちが、お気に入りのぬいぐるみや人形を離そうとしないように、わたしはこの奇妙な干物を意味もわからず持ち歩いていたものだ。

この目玉が意外と役に立つことを知ったのは、初潮を迎えたころのことだ。
そのころには、わたしが住む町もご多分にもれず、「脳を破壊された者たち」が跳梁するようになっていた。彼らは質の悪いアルコールやドラッグ、電磁波防御装置のない格安の携帯端末などのおかげで判断能力やモラルを失っており、むき出しの欲望だけで行動する。
とけそうに暑い夏の夜、わたしは近所のコンビニまでアイスクリームを買いに行こうとした。小銭入れをポケットにしまい、玄関でビーチサンダルに足をさしこんだとき、わたしの頭のなかに声がきこえた。

「行くな」

それはとても強い声で、心に直接語りかけるような声だった。
わたしは一瞬、動きをとめて、その声がどこからきこえてきたのかを考えた。
そしてわたしは気づいた。
その声は、わたしが幼稚園のときに亡くなった、おじいちゃんの声だったのだ。

とりあえず、わたしはコンビニに行くのをやめて家のなかに戻り、台所で冷たい麦茶を飲んだ。感心な孫娘は、おじいちゃんの忠告に従ったわけだ。
翌朝、母から話を聞いて驚いた。
わたしが行くつもりだったコンビニは、その夜、脳を破壊されたならず者たちに襲われていたらしい。
彼らの略奪や破壊は容赦がないから、もしわたしがその場に居合わせたら命がなかったかもしれない。

そう、わたしが握りしめているのは、亡くなったおじいちゃんの眼球だ。
わたしの家には、代々、父親方の祖父母から孫に眼球を受け継いでいく習わしがある。
祖父母のうち、先に亡くなったほうの眼球を葬儀のときに抉りだし、腐食したり壊れたりしないように大切に保管しておいて、孫が7の倍数の年齢になったタイミングで手渡すのだ。
受け継がれた眼球は、孫が成人するまで、その子を護るとわが家では言い伝えられている。

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