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【夢見るボロ人形】(短編小説)

ちいさな正方形の窓から差しこむ光のなかに、無数の細かな埃が浮かびあがる。
長年住み慣れた屋根裏の物置で、ボロ人形のロビンソンはそんな光景をぼんやりと眺めていた。

この家にはかつて、男の子と女の子、ふたりの子どもが住んでいた。
いまはふたりともいない。
彼らはおとなになって家を出た。
もっとも彼らがおとなになるずっと前に、ロビンソンはとっくに用無しになって、この屋根裏に放りこまれたのだが。

ロビンソン、というのは、この家の男の子がつけた名前だ。
ロビンソンは彼のおとうさんのおかあさん、つまり父方の祖母がこしらえて、彼の妹の3歳の誕生日にプレゼントした背丈20センチほどの手縫いの人形だ。
ところがこの人形、その風貌からは男の子なのか女の子なのかわかりにくい。
ふっくらとしたほっぺや、あごの下あたりまである小麦色の毛糸でできた髪の毛は、女の子を連想させるのだけれど、ストンとしたまっすぐな体型や、キュッと結んだ口もとは男の子っぽい。
そう、ロビンソンの口もとは、いつもなにかをじっと我慢しているように見えて愛想がない。
性別がはっきりしないうえに、無愛想ときたら、子どももなかなか可愛がってはくれないだろう。

人形をプレゼントされたこの家の女の子は、何度かロビンソンを抱っこしたり、一緒に寝たりしてはみたものの、ロビンソンのむっつりした顔が気に入らなかったのか、人形に名前をつける前に(彼女はいったんは名前をつけようとしたのだが、性別がわからないのであきらめた)、部屋の片隅に放りだしたまま見向きもしなくなった。
結局、妹が飽きてしまった人形はお兄ちゃんにもらわれることになり、当時、彼が夢中になっていたロビンソン=クルーソーから、『ロビンソン』という名前を与えられることになる。
たしかに、人形の中途半端に長い髪や、険しい表情は、無人島に暮らす隠遁者を思わせなくもない。
しかし、お兄ちゃんはお兄ちゃんで、人形をもらった当初こそ、いろいろな想像をめぐらせて人形と遊んでいたものの、しまいには「無人島の小屋が火事になった!」といって、おとうさんのライターで人形に火を点けようとして、お母さんにこっぴどく叱られる始末だった。
さいわいにして、人形への放火事件は未遂に終わったものの、この一件以来、お兄ちゃんのほうもロビンソンと遊ぶことをやめてしまい、ロビンソンは「子ども部屋の片隅」→「子ども部屋の押し入れ」→「屋根裏の物置」と、どんどん家の中の「住人から顧みられない場所」へとしまい込まれることになってしまう。

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