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【読書感想文】島田荘司『占星術殺人事件』

こんばんは、ゆのまると申します。

占星術殺人事件。ついに、ついに読みました。

新本格の先駆けとして、多くのミステリーランキングに名を連ねる本書。そして綾辻ファンとしては、あの「館」シリーズの名探偵・島田 潔の名前の由来となったこともあまりに有名です。

いつかいつかと思いつつ部屋の隅に積まれていたのですけれど、今夏、とあるマンガがきっかけでまた話題になり(あまりいい話題ではないのですが……)、とうとう手を出しました。

ということで今回は、島田荘司作『占星術殺人事件』のネタバレ感想。未読の方はどうぞご注意ください。ついでに猟奇殺人や人体がバラバラになる話が出てきますので、念のため。



あらすじ

密室で殺された画家が遺した手記には、六人の処女の肉体から完璧な女=アゾートを創る計画が書かれていた。彼の死後、六人の若い女性が行方不明となり肉体の一部を切り取られた姿で日本各地で発見される。事件から四十数年、未だ解かれていない猟奇殺人のトリックとは!?


ざっくり感想

私はもっぱら、ミステリーしか読まない人間です。

その魅力とはやはり、到底思いつけないトリックであり、予想を裏切るどんでん返しであり、そして何より「このお話はどうやって決着するんだろう」というハラハラ感です。

ですので、それがハッピーエンドでも、あるいは明確に示されない終わりでもあまりこだわりはなく、読み終えた後の第一声は大抵が「あぁ面白かったな」です。

ところが、『占星術殺人事件』は違います。およそ500ページの文庫を一日で読み終えて最初に浮かんできたのは、静かに降り積もる雪のような、言いようのない切なさでした。

島田先生の丁寧な描写によって、この事件の被害者と呼べる人達の人生を追体験したから、かもしれません。本文中には手記がいくつか登場するのですが、推理を進めるという点でも、とある人間が抱えていた苦悩と決意に至るまでを描くという点でも、非常に大きな役割を果たしていると感じました。

そして『占星術殺人事件』といえば、やはり有名なのはそのトリック。

一説では日本のミステリー作品をひっくり返した、とまで言われる有名なトリックにも関わらず、私は名探偵・御手洗 潔によって解説されるその時まで、気付くことも思い出すこともありませんでした(娯楽を楽しむのに必要なのは、見たり聞いたりしたものをすぐに忘れる少ない記憶容量ですね。おかげで毎回新鮮な気持ちで驚けます)。

そういえば、言葉そのものの「被害者」の生前の様子がほとんど描かれていなかったのも高ポイント。おかげで、文中に示される「解説図」も、あれこれ考えて暗い気持ちになることなく眺めることができました。

本書が素晴らしいなと感じたのは、物語の要であるトリック・謎解きが美しいだけでなく、一人の生涯を描いたヒューマンドラマとしても非常に心動かされるという部分です。ミステリーを読んで後味の悪い思いをしたことは多々あれど、「犯人にはもっと別の生き方があったはず」と切ない気持ちになったのは初めてです。どこかの誰かが、「『占星術殺人事件』はトリックが全てじゃない」と言っていましたが、まったくその通りですね。


その他に印象的だったのは、ワトソン役である石岡くんの素直さ、です。

ひょんなことから御手洗と四十年前の未解決事件の謎解きをする石岡くん。途中、別行動になり読者は石岡くんの行動を追うことになりますが、それがなんとも自分の直感に忠実で、こうと決めたら即行動。そのくせ推理は外れるばかり。その素直さが、読書中の清涼剤のような存在でした。

特に彼が一人で京都観光をするシーンなんて、何かの手がかりがあるのかと真剣に読んでいたら「京都へやってきたという感じがして嬉しかった」だなんて……。ここにも何かの伏線があったのでしょうか?おかげで私はすっかり京都に行きたくなってしまいました(あと明治村も)。

御手洗と石岡くんの名コンビの活躍、ぜひまた読んでみたいですね。


おわりに

本書は1981年に刊行され、物語中で扱われている事件は戦前のものです。

文中にも「当時の鑑識技術だから」といった断りはありますが、細かいところをツッコみ始めれば気になる部分は多いです。

しかしそんなことは置いておいて、私はこの本の結末を誰にもネタバレされずに知り、そしてこの読書体験を自分のものにできたこと。それを何より嬉しく感じます。読書だってゲームだって同じです。いくら有名なものでなんとなく内容を知っていても、それを自分の目で、耳で確かめる以上に刺激的なものはありません。

そして、何かに触れて浮かんできた気持ちを表現するということも、自分だけに許された尊い行為です。星の数ほどの評論が書かれている『占星術殺人事件』だからこそ、誰かのレビューに左右される前に自分の気持ちを書き留めておこうと思ったのです。解説や考察は、これからゆっくり。

まだまだ読みたい名作がたくさんあるなぁ……そんなことを思いながら、次は積読のどこを崩そうか思案する私でした。おしまい。

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