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人生で大切なことは、だいたい中学校で学んだ

先日、中2・3の頃の担任の先生と、中3のクラスのメンバーとで飲みに行った。

この先生がいなかったら私の人生はどうなっていたのだろう〜と、大げさではなく本当に思うほどお世話になった。
(きっと私だけでなくクラスのメンバーにとってもそう)


そんな恩師とは成人式でチラッと会ったぶりで、一緒にお酒を飲んだのは初めてだった🍻

思い出話やいろんなことをひたすら喋っていたのだけど、「今の時代の教師のあり方」的な話になった。



私たちは中学生の頃に、「これは人を傷つけることなんだ」「人に迷惑をかけることなんだ」ということを学ばせてもらった。

大人になった今だからより思うが、その時に学んだことは人生で何よりも大切なことなのかもしれない。


中学生のころの私たちは、遊び方や発言・態度の“限度”を知らなかった。楽しいことにただただ貪欲だった。

そんな中学生相手に根気強く、一つ一つ本気で向き合ってくれ、(それはもうすっごい鬼の形相で)愛を持って叱ってくれたのが先生だ。本当に怖かった(笑)

担任の先生だけでなく、学年・学校の先生が本当にみんな愛を持って叱ってくれていた。
こんなステキな学校なかなかナイのだと後から知った。


先日飲んだ時も「あれはやっちゃダメだったよね〜」なんて会話するほど、今思えばマズイことなんだとわかるが、当時はわからなかった。

しかも自分が十分オトナではないかと勘違いしていたほどの生意気な奴らに、本当によく根気強く向き合ってくれたな。。


そうやって一つ一つ、「間違い・失敗しては叱られ、学ぶ」を繰り返し成長できた3年間だったなと本当に思う。



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中学校卒業から7年も経った。時代がそれなりに流れて、先生という立場は危うく・弱くなってきている感じる。

もちろんいろんな問題があるのだろうし、難しいことはよくわからない。
でも、そうやって本気で叱ってくれる先生が消えていったらどうなるのだろう?


その7年で私はたくさんの人に出会ってきた。

すっごい意地悪な人とか、寄ってたかって人をバカにする人とか、SNSの使い方をあまりに気をつけられない人とか、ウケ狙いで度が過ぎたことをする人とかw


そういう人たちは「間違い・失敗しては叱られ、学ぶ」という経験が低いのが一つあるのかもなあ、なんて思う。
もしかしたら、“限度”というものを学んでこなかったのかもしれない。


最近世間をざわつかせているSNSでのアルバイトテロのニュースには怒りを覚えているのだけど、

コメンテーターが「なぜ大変なことになると想像ができないのか」と言っていて、
もしかするとその想像ってものをできるような失敗をしたことがないからかもしれないなと思った。

(彼らを擁護する気はさらさらないが)一つの考え方としてあるかも。



もちろん経験しなくたって、人の失敗を見て自分に落とし込める器用な人はいるものだ。

でも少なくとも私は自分で実際に経験しないとわからないなあと。
中学校は失敗や間違いができる場であり、そして先生がそれをきちんと叱ってくれる場であってほしい。



結局長くなってしまったけれど何が言いたいかって、最高の先生たちに恵まれた私たちは本当に本当に幸せ者だと思う。心より感謝している。ありがとう先生!!!



\co-mediaに取材されました!/



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