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詩|曲がった羅針盤

直黒ひたぐろに浸された暗澹あんたんたるこのみちを、うかうかとすすむとき。
影たちは怱々そうそういがみ、炎色を宿しながら眼光炯々がんこうけいけいとして己を射る。
用心なさい、死が放つ鈍い音吐おんと蠱惑こわくされ、濃い煙霧えんむの中へと誘われるだろう。

叫喚きょうかん咆哮ほうこうが、心魂しんこんに安らぎを与えることなく、幾度も突き刺さる。
厳寒げんかんな息吹が己のさくい背骨を鞭打むちうち、奥深くの脊柱せきちゅうをも凍らす。
直黒に浸された、暗澹たるこのみちを、うかうかとすすむとき。

たまは恥辱ちじょくと苦悩により、覆われ錆つき、くすんでゆく。
空虚で要らぬものだと戒飭かいちょくするものの、粘着質なそれは剥がれやしない。
用心なさい、死が放つ鈍い音吐に蠱惑され、濃い煙霧の中へと誘われるだろう。

鮮麗せんれいな色艶や快哉かいさいな音楽。美事なる刺激は、いずれ
不毛なガラクタとして、遥か遠くの過去へと葬り去られる。
直黒に浸された、暗澹たるこのみちを、うかうかとすすむとき。

自由気ままに流れる心の機微や、長年かけて蓄積された叡智えいちの結晶
さえも消滅する。心髄しんずいこぼれ、熱く脈打つ液を零すのだ。
用心なさい、死が放つ鈍い音吐に蠱惑され、濃い煙霧の中へと誘われるだろう。

失ったものが多くてもなお、己はその脆弱な手足で地面を這うという。
皮をジリジリと擦り減らすたび、次第に薄くなる跡は見放される遺志のよう。
直黒に浸された暗澹たるこのみちを、うかうかとすすむとき。
用心なさい、死が放つ鈍い音吐に蠱惑され、濃い煙霧の中へと誘われるだろう。



※西洋の定型詩の一種、ヴィラネルを軽くなぞろうと挑戦した詩です。
※写真はMaxim Potyomkin氏より
※英語から日本語に訳しました。原語版はこちらから