芽生えの奇跡|掌編小説
初めて互いを目にした時、二人はゆるりと肺を膨らませた。目を奪われた。そういった方が正しいのかもしれない。何に、と問われるのであれば、こう答えよう。
片やは宙に舞う小さな女子に。
もう片やは、ベッドに座る儚げな坊やに。
目を奪われたのだ。
女子は、硝子細工の精巧さを思わす羽根を背中に生やしていた。陽が当たるときらりと光り、繊細な模様が虹色に染まった。
坊やは、天使の恵みを閉じ込めたような髪をしていた。櫛を通したのは久しく見えるも、黄金の輝きは褪せることない。
出会いの場は小さな部屋だった。風通しのために開かれた窓、ハタハタと波打つ青のカーテン。日中で大人たちは家を空けていた。静かな静かなお見合い。
「お名前は?」凛と響く女子の声。
「マシュー。君は?」細く浮かぶ坊やの声。
「森のセレナ。みんなからはセレナって、呼ばれているわ」
「セレナ。とっても素敵なお名前だね」
「あら、どうもありがとう。あなたも、ご両親からいいお名前をもらったわね」
「うん、ありがとう」
互いを見つめ続ける二人。小さな頬を桃色に綻ばせながら、まっすぐに。
「マシュー、あなたはどうしてベッドの上で座っているの?この時間なら、人間の子供は学校があるんじゃない?」
不思議そうに首を傾げ、顎に小さな手を添えるセレナ。マシューは優しい笑みを崩さずに答えた。
「僕は身体が他の子よりちょっと弱いらしいんだ。それで、学校には行けなくて。君にように、外の空気を吸いに出ることも難しいって言われたよ」
「それはなんとまあ!可哀想に」
セレナは口元を両手で押さえて、ふわりとマシューの近くへと舞い降りた。白い坊やおでこに口付けを残し、金色の前髪がやんわりとそよいだ。幼い間抜け顔をしながら、マシュー坊やは口をパクパクさせた。
「貴方におまじないをかけさせてもらったわ。森の祝福が貴方の上にありますように、と」
セレナが白い歯を見せて笑い、マシューは胸がポカポカと温まるのを感じた。これはおまじないの効果なのだろうか。そう思いながら、胸元に手を当てた。
「ありがとう、セレナ。君がかけてくれたおまじないなら、きっとすごくいいものなんだろうね」
破顔しながら、あどけない言葉を発するマシュー。女子セレナは心躍る何かを見出した。まじないをかけられたのは、自分の方だったのだろうか。咳払いをする彼女の羽が跳ねた。
「ところで、マシューはいつも、この時間は一人で部屋にいるの?」
「そうだよ。パパとママは仕事で忙しくて、家にいないことが多いんだ。お手伝いさんもいるんだけど、家の中のことで色々やらなきゃいけないから」
「そうなのね。寂しくはならないの?」
「寂しい時はあるよ。でも、みんなみんな頑張ってるし。僕はずっとお世話になってるから、わがまま言って困らせたくないんだ」
妖精セレナは胸を痛めた。愛らしい坊やは笑顔を浮かべたままだが、わずかに下がった眉尻が本心を語っていた。
今、自分がこの場にいなかったら。この人間の子供は独りで、しんとした小さな空間にとどまったまま。
セレナはゆるりと降下して、マシューの青い目線と並んで言った。
「決めた。わたしが毎日、貴方に会いに来るわ!」
ポカリと口を開けたマシュー。小さな眼がゆらりと揺れて、青さを増した。
「毎日、貴方がすくすくと育つのを見届けて、森の物をお土産に持ってくるから!」
少年がうっすらと浮かべた潤みを見て、妖精はたまらずまた声を張り上げた。マシューの表情がほぐれ、へらりとしながら頷いた。
「ありがとう、ありがとうセレナ。そんなことを言ってくれたのは、君が初めてだよ。僕も、元気になれるように頑張らなきゃだね」
「そうよ!約束だからね!」
交わらないはずの二人の時間が、静かな部屋と窓の外の森を証人にして、共に刻まれることとなった。
追記
こんにちは。森です。最後までお読みくださった方、ありがとうございました。普段よりくすぐったいものを書いた気がします。
今回のこの作品は、大昔に思いついたアイデアを元にした物です。思いついた時に書き進んでいこ〜と思い、はや数年。導入部分しか書けませんでした。とほほ。
それでも、一区切りついたので、せっかくだから投稿してみようと思いました。続きが書けるかどうかはわかりませんが、何かしら紡いでいけたらなという風には思っています。
よかったと思っていただけたのであれば、応援していただけると幸いです。ではでは。