運命論があるならば

運命の赤い糸が小指に結ばれていて、つたっていけばいつかその人に出会える。そんな迷信はどこで知ったのだろう。

運命とは往々にしてあらかじめ決められていることを指す。もちろん、大人になると大抵のことは「結果」にすぎないこともよくわかる。

でも何かに迷った時に「運命」は「これは決まっていたことだから」と自分を納得させる強制力を持つ。起こるべくして起きた「必然」よりも、「運命」はもっと強く人生に作用するからだ。

***

その日は廊下に漂う空気が変だった。14年経った今でもよく覚えている。

違和感を覚えたのは、教師たちが昼休みに校内放送で突然集められたからだろう。戻ってきた担任は、顔を不自然に強張らせてこう言った。

「○組のKくんが交通事故に遭って……」

その瞬間、教室の空気にヒビが入った。信じたくない現実を突きつけられて、何が何だかよくわからなかった。誰かが声を上げるわけでもなく、涙を流すわけでもない。静かに歪んだ。

数分後、静かな嗚咽でフロアが染まった。四方八方からすすり泣く声が聞こえた。私のクラスだけでなく、いろんな教室で同じ光景がひろがっていたのだろう。

ちょっと怠そうな出で立ちで、ヘッドフォンをして歩いていた彼がこの世にもういない。昨日まで廊下でサッカーボールを蹴っていた彼が。

私自身、動揺したものの、K君とは一度も話したことがなかった。同じクラスになったことがなかったのだ。なおさら実感が湧かない。廊下に渦巻く泣き声に溶け込めないまま漂った。

でも、葬儀に参列し、眠る顔を見た瞬間、制御できないほどに涙がこぼれた。ボトボトと音を立てるかのように、大粒の涙が落ちた。

母や祖父、祖母、従姉妹……人が死ぬのは何度も見てきたし、命が有限なことも知っていた。でも、K君の顔は、今まで見てきたものと違った。明日があるような顔。傷だらけでも、艶やかな頰だった。

身体の一部がふっと奪われたような感覚になった。

***

どういうきっかけだかは忘れてしまったけれど、その後、K君のご両親と仲良くなった。同級生たちで家に遊びに行き、外苑前の近くに埋葬されたK君の元へよく足を運んだ。K君のいる場所にはノートが置かれ、遊びに行った人が近況を書き込むようになった。

みんながK君に語りかける。そのノートを見るたびに同級生が今どんなことを考えているのかを知ったし、K君がどんな存在であったのかがわかった。

私は彼が他界してから、彼のことをたくさん知った。音楽が好きだったこと、映画が好きだったこと、学校に話が合う奴がいなくて退屈してたこと、ちょっとモテたいと思ってたこと、両親から愛されて育ったこと。

彼を巡ってたくさんの思い出もできた。命日にはみんなで集まり、放課後にお墓参りへ行った。辺りが暗くなっても怖くなかった。正直、学校が好きではなかった私にとってK君は不思議な存在だった。彼がいると、友人の輪に入れる気がしたのだ。

***

数年が経った、大学卒業間近の空気が少し霞んでいる日。近くまで来たのでいつものようにK君の元へ行った。ノートは何冊目になったのかわからない。昔よりは頻度が減ったものの、バラバラの道へ進んだ同級生たちは相変わらず、K君に相談事を綴っていた。

「海外に行こうと思う」、「就活が正念場」……後で誰かに見られるとわかっていながらも、彼の前では正直な気持ちが表れる。もちろん、私もその1人だ。気がつくといつも1時間ほど経ってしまう。

墓地から出て、風が吹いた瞬間、満ち足りた気持ちになった。そして同時に、あることに気がついた。

「もしかして、私は彼のことを好きになっていたかもしれない」

恋愛感情に乏しい自分にこんな感情が湧いたことに驚いた。けれども同時に「遅い」と直感的に思った。私は一度でも彼に話しかけるべきだったのだ。こんなこと、ふと思うべきことじゃない。ただ、22歳の彼に会ってみたかった。

「例えば、若くして亡くなった人がいて、将来その人のことを好きになる運命だった人はどうなるのだろう」

右手に持ったiPhoneでつぶやいた。ほどなく、通知が来る。

「運命はね、決まってるものじゃなくて、切り開くものなんだよ。だからその人も大丈夫」

送り主はK君のパパだった。


Special thanks: Mr. & Mrs. N, KN, Haruka Tsuboi


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嘉島唯

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