これが遺品になるなんて

人は二度死ぬ。

一度は生命が失われたとき。もう一度は忘れられたときだ。そんな話はよく聞く。

遺品は、二度目の死を遅らせるものなのだろう。死んだ人が使っていたものは、記憶のトリガーになる。だから、捨ててしまうとその人が失われてしまうような気持ちになるのかもしれない。

幼いときに母を亡くした私は「遺品」を認識していなかった。人が死んだら、すべてが自然と消えてしまうものだと思っていた。もちろん、母が使っていたモノは、存在としてそこにはある。でも、手にとることもなければ、捨てることもない。母が他界してから20年もの間、誰にも触れられずにいた。

一度だけ、父に聞いたことがある。「ねえ、捨ててもいいかな」と。少し間を置いて「もう少し待って」と言われた。

やんわりとした拒否は、感傷だけではない理由があったように思う。

帰る場所の証

小さい頃、親には「あれを買って欲しい」とねだってばかりいた。でも、年をとると「あれを捨てたい」と打診するようになる。これは、大人になって知ったことだ。

死が近づくと「捨てる」のを嫌がる人が一定数いるらしい。自分の存在が無になっていくことを自覚するからだろうか。一方で、世代も起因するのかもしれない。モノが溢れた時代に生まれた人間と、それ以前に幼少期を過ごした人間とでは、価値観が違うのは当たり前だ。

「実家は、ゴミではないけれど、もう使わないモノがある場所」

こんな話を聞いた。その通りだと思う。随分前に、嫁いだ姉の私物を捨てようとしたら、激怒された。きっと「モノがある」ことが、自分の「帰る場所」の証になっているのだろう。去る人はいつも勝手だ。残る人のことを考えない。もちろん、私だって同じなのかもしれない。

でも、モノの劣化はしばしば「人」のそれより早い。消費社会に生きる私たちは、そのこともよく知っているはずだ。だから、捨てる決断が必要になってくる。

「ミイラ」になったバッグ。未開封のゴム

母が他界してからちょうど20年経ち、私も大人になった。せっかくなので、彼女が生きていたらきっと「捨てていた」であろう遺品を整理することにした。

ただ、この行為は思った以上に心が摩耗する。母の存在を感じるモノを、ゴミにしていく作業でもあるからだ。動作で言うと、掃除と変わらない。でも、虚しくなっていく。大げさだろうが、何かを静かに殺していく感覚に近い。

「なんで私がやらなきゃいけないんだ」と考えも浮かぶ。父は横になってテレビを見ている。こんなことを経験しても、精神が強くなったり、悟りが開けることはない。ただ、失っていくだけの作業だ。

母から「大事なものが入っているから開けちゃダメよ」と言われたタンスに手をかける。

引き出しを開けると、ブランドのバッグやベルトがしまってあった。20年も眠っていたレザーは乾燥しきっていて、まるで「ミイラ」のように脆くなっていた。それをひとつずつ整理していく。幼い女の子が、この引き出しを開けてしまったら、キラキラしたベルトはお釈迦になっていたことだろう。

ふと、未開封の箱を2つみつけた。お菓子のような、医薬品のような見慣れないパッケージ。

裏を見ると「避妊」「オカモト」の文字が目に入った。母の遺品を整理していたら、ブランド品の中からコンドームを発見してしまったらしい。

私が知っているものとはデザインが随分違ったので、わからなかった。20年前と現在とでコンドームの意味合いが変わったのだろうか。

お母さんが「決定権」を持っていたの? そもそも、コンドームは枕元に置いた方がいいのでは?

冷静な疑問が湧く。私は、家で性的な営みがなされていたのを一瞬も感じたことがなかった。もちろん、そういった行為がなければ、今、私はここにいないのだけれど。

母は「母」でしかなかったし、自分と同じ「女」の顔を持っているなんて、想像すらしたことがない。彼女は夜中、タンスの中からいそいそとコンドームを持ち出していたのだろうか?

手元にあるパッケージを見て、はじめて母と対等になれた気がした。そういえば、まもなく私は母が父と結婚したときの年齢になる。

ねえ、お母さん、少し話してよ。私も大人になったから。

彼女が使っていたベルトもバッグも全部捨てた。けれども、片付いた部屋に、ひとつだけ残しておこうと思う。まさか、これが遺品になるなんて。

父には内緒。母と私の秘密だ。

edit:Haruka Tsuboi

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嘉島唯

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