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ふたりだけの声

私だけの声

「逃げてきた。人と話すの、苦手なんだ」

新学期初日の教室で、クラスになじめなくて、隅っこに居た。
そしたら、Aくんが横に来て、話し始めた。
「ぼく、人と話すと、いつも ”聞こえない” とか ”もう一回言って” って聞き返されるんだ。だから、人と話すの……苦手になった」

私には、普通に聞こえる声。
でも、Aくんに聞き直しをする人達が居るのは、わかる気がした。

図書館で読んだちょっと難しい本に「帯域たいいき」のことが書いてあった。
人の声にも、そういうものがあるんじゃないのかな?
人によって、聞こえる帯域っていうの?
それが違うんじゃないかと思う。

Aくんは、人と話すのが苦手だと言いながら、初対面の私とずーっと話してる。
私は聞き返さないから?
Aくんのほうが、たくさん話してる。

始業式などが終わり、校舎を出ると、Aくんが駆け寄ってきた。
「一緒に帰ろうよ」とは言わないけど、自然と話しながら並んで歩く。

弾んだ声で、Aくんに言われた。
「いちいち聞き返されなかったの、初めてだった。普通に話せるの、すごく嬉しい!」
そこから先の話題は、家に帰ったら、宿題以外に何をするかとか。

「宿題は、授業中にこっそり片づけちゃうよ。 帰ったらマンガ読んだり、塗り絵したり、フェルトで何か作ったり、好きなことするの」
「えっ! 宿題、家に帰ってからするんじゃないの? すごい!」
「うん、学校から帰ったら好きなことしたいから、宿題はたいてい、学校で片づけちゃう」
「ふーん。ぼくもしてみようかなぁ。できるかな?」
「給食のあと、一緒にする? その前に出た宿題だけになるけど」
「する! 一緒に宿題しよう!」
「じゃあ、また明日ね」

分かれ道で手を振りながら別れて、振り返ると、Aくんも振り返った。
また手を振って、それぞれの家に向かった。

一人で歩きながら、喜びを噛みしめた。
「Aくんの声は、私だけが聞ける」

気づいたら、心が弾むままに、スキップをしていた。

きみだけの声

新学期の初日、ぼくは憂鬱ゆううつだった。
人と話すたびに、声を聞き取ってもらえなくて、聞き返されてばかり。
ぼくの声、小さいわけじゃないと思うんだけどな……。

大勢の輪に入る気にはなれなくて、教室の隅っこに行こうとしたら、もう人が居た。
大勢でワイワイガヤガヤしている時間が、早く過ぎ去らないかと思っているのがわかる様子で、窓辺に女の子が居る。

大勢の輪に入りたくない理由、ぼくと同じかな?
それなら、ぼくの声を聞き取ってくれるかな?

……こういうのを
一縷いちるの望み”っていうんだっけ?

ぼくは一縷の望みをもって、女の子に話しかけてみた。
「逃げてきた。人と話すの、苦手なんだ」
「ぼく、人と話すと、いつも ”聞こえない” とか ”もう一回言って” って聞き返されるんだ。だから、人と話すの……苦手になった」

……!……

普通に話せる!
初めてだよ、こんなの。
ぼくの声、ちゃんと聞こえてる!

嬉しくなって、とにかく色々話して、ほとんど相槌あいづちを打ってもらうだけになっていた。

始業式のあと教室に戻って、出席番号順に自己紹介した時は、案の定
「聞こえない。もっと大きな声で話して」
と先生に言われた。

大きな声で話すのは、疲れる。
普通に話して、聞き返されずに会話ができるのは、ぼくにとっては特別なこと。
そんな普通のことが、特別なんだ。
もう一度、あの子と話してみたい。

”帰りの会”が終わったあと、ぼくよりも早く教室を出たあの子を追って、声をかけた。
「いちいち聞き返されなかったの、初めてだった。普通に話せるの、すごく嬉しい!」
そのあとは、何を話していいのかよくわからなくて、家に帰ったら宿題以外に何をするのか聞いてみた。

「宿題は、授業中にこっそり片づけちゃうよ。 帰ったらマンガ読んだり、塗り絵したり、フェルトで何か作ったり、好きなことするの」
予想外の答えに、驚いた。
「えっ! 宿題、家に帰ってからするんじゃないの? すごい!」
「うん、学校から帰ったら好きなことしたいから、宿題はたいてい、学校で片づけちゃう」

ぼくは考えたこともなかった。
学校で宿題をするなんて。
”目からうろこが落ちる”って、こういうことを言うんだよね?

帰ってから遊んでいる時に
「宿題やったの?」
って言われたら、
「学校でやってきた!」
って見せればいいんだ。
いいなぁ、それ。

「ふーん。ぼくもしてみようかなぁ。できるかな?」
「給食のあと、一緒にする? その前に出た宿題だけになるけど」
一緒に宿題しようって誘われた!
断るテはないよね⁉
「する! 一緒に宿題しよう!」
「じゃあ、また明日ね」

分かれ道で手を振りながら別れたあと、背中に視線を感じた。
振り返ると、あの子がこっちを見ていた。
また手を振って、それぞれの家に向かった。

何だかドキドキする。
顔、赤いかなぁ?

公園に寄って、一人でブランコをいだ。

***

作品背景

Twitter上で1月末に開催されたオンラインイベント『詩の礫「Ladder」』に投稿した2篇の詩を基に、ショートストーリーを書いてみました。
詩を詠んだ(架空の)二人には、小学生時代にこんな出会いがあったよ、というお話です。

当初は”私”視点で書いていましたが、コンテストの締切日を目前にして、”ぼく”視点も書きました。
二人の物語である以上、二人の視点でえがきたくなったのです。
特に、初めて聞き返されずに会話ができる相手をみつけた”ぼく”の喜びを、もっとえがきたいと思いました。

ラブストーリーの序盤だけではありますが、この先の二人については、読者様のご想像にお任せします。

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※「創作大賞2022」応募作品は、ショートストーリー『ふたりだけの声』とします。
基になった2篇の詩は含みません。

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