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いつか恋をする、小さなあなたへ【エッセイ】

息子を出産するとき、入院バッグには恋愛小説を忍ばせた。

半年前に二人目の子を出産した友人が、「入院は二人育児が始まる前の、ゆっくりできる最後のチャンス!好きなもの持っていくといいよー!」とアドバイスをくれたのだ。私は少し考えて、日記帳とスケッチブックと、ある恋愛小説を鞄に詰めた。

その小説との出会いを、私は覚えていない。そのくらいずっと前から当たり前に私の本棚にあって、幾度となく読み返してきた。その度に新鮮な気持ちで泣いてしまう、大切な本。


出産を終えた日、疲れや興奮が抜けないままの眠れない夜に、その本をはじめから、丁寧に読み返した。恋と、子供を産み育てることとは、遠いことのように思える。けれど根っこは繋がっている。

誰かを愛しく思うことの中には、複雑で膨大なエッセンスが隠されている。その激しさや切なさやわけのわからなさの中に、私達は自らの内面が暴かれるような、世界の秘密を暴くような心持ちがする。

私はこんな人間だったのか
あなたはどんな人間なのか

恋愛には、こころの深いところへ降りていき、そこで自分と他者とを通わせ、そうすることで世界を見つめ直すような、根源的な意味合いがある。大袈裟でなく、生きてきた道のりを問われるものだし、見ている世界のかたちが色濃く出てしまうものだと思う。


病室で本を読み終えて、私はやっぱり泣いてしまった。好きだ、という気持ちの高揚の、その先にある痛み。でもそれは、ひりひりしながらきらきらしている。傷ついても、恋をして良かったと思う。
恋は自分との、だれかとの、世界とのかけがえのない出会いで、出会いこそが人生だ。
傷つき傷つけてしまったことも、代えがたい幸せも、その全てが永遠でないことも、引き受けて人生になる。



いつか恋をするかもしれない、小さなこどもたち。
恋は来し方を問い、行く末を作ることだから。
いつか恋をしたときに、彼らの「いままで」が豊かでありますように。自分の生きてきたことを、生きている世界を、誰かの生き方を、愛しいと思える心が、どうか育っていますように。

私に微力ながらできることがあるのなら、彼らの心が朗らかに開かれるような手伝いがしたいと思う。何ができるかは、まだわからないけれど。
まずは私が彼らの生を愛しいと、何度も何度も唱えたい。人恋しくてすぐに泣いてしまう幼い彼らの魂が、安心してひとりで眠れるほどに、優しく温まるまで。

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