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サウナ好きなぼくが、行きつけの銭湯のリニューアルに絶望した話

 失ったものは戻らないから、せめてそうなる前にあがいておきたい。あがいたところで、何も変わらないかもしれない。でも、せめてそうすることで自分の心を納得させておきたい。リニューアルして新しくなったばかりの露天風呂の"ととのい椅子"に座って、涙を流しながらそんなことを考えていた。

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 行きつけの銭湯が9月から露天風呂の改修工事に入った。しばらく露天風呂が使えなくなった。露天風呂が使えない…そう、それはつまりサウナの外気浴ができないってことだ。終わるのは11月中旬とのこと。なんてこった。

「せっかく秋を感じれる気持ちいい季節だというのになんでまた…この季節の外気浴がいちばん気持ちいいんじゃないか!」

と、憤りを感じずにはいられなかったが、むこうも商売だ。様々な事情がかみ合っての決断だろうから、そこは尊重したい。しかし風が気持ちいい秋という季節丸ごと、露天風呂で外気浴ができないのはつらい。

 じゃあ改修期間は別の銭湯に行くか?と言われてもそれは難しい。行きつけといっても車で30分くらいはかかる銭湯だ。そう、広島ってなかなかいいサウナがないのだ。カプセルホテルに併設されたサウナは市内にあるが、外気浴に重きを置くぼくとしては、露天風呂がないのは少し物足りない。

 ここのサウナは水風呂が17.8℃とちょっと物足りなく、ベストではない。ベストではないが、外気浴ができる露天風呂がお気に入り。なんだかんだで1番通ってる、そんなホームサウナの改修であった。(行きつけ度:10枚つづりの回数券が50枚くらいある)

 そして昨日、いよいよ露天風呂の改修が終わった。ぼくは朝から浮き足立ってた。本当は午前中にオープンと同時に行って、しっかりと心身をととのえてから仕事に集中しよう…と、思ってたんだけど、急遽午前中からミーティングが入ったのでそのプランは断念。サウナは仕事から逃げるためのものではなく、より良い仕事をするためのサウナだからね。

 午後からYouTubeの撮影を終え、15時少し過ぎたくらい。夕方から夜にかけて再びミーティングだったが、わずかに空いた時間をぼくが見逃すはずがなかった。

「じゃ、18時からミーティングということで…ぼくはいったん帰りますね」

 そう告げて迷わずサウナに直行。職場からホーム銭湯まで40分、そこから家まで30分。渋滞を考慮するとプラス20分くらいみとけば充分か?この時間なら1時間ちょっとはいける。

 本当は1時間半は最低でも入っておきたいが、なかなか忙しい日々だ。毎日そういうわけにはいかない。毎日サウナに行けるだけで、充分恵まれてると思わなければならない。

 やりがいがある仕事とサウナ。これ以上人は何を望むというのだろう。仕事の疲れをサウナで癒し、癒された体でまた仕事をがんばれる。仕事がサウナをつくり、サウナが仕事をつくる。こうやって世の中はできていると信じて疑っていない。何かにハマると、まわりが見えなくなる典型的なタイプである。

 それに何より、リニューアルした露天風呂がどう仕上がってるか。これを見届けなければミーティングどころではない。車を走らせ、お目当てのサウナに到着。平日の夕方だというのに駐車場はいつもより多い。みんな露天風呂のリニューアルをみんな待ち焦がれてたのか…サウナを起点に社会が回ってるというぼくの思い込みは、あながち間違いではないのかもしれない。

「みんなやっぱりサウナが好きなんだな」

 混んでるのは嫌なはずなのに、そう思うとなんだか嬉しい。喜びを他の誰かと分かり合う!それだけがこの世の中を熱くする!ってこういうことだ。オザケンの気持ちが少しわかった気がする。(たぶん違う)

 受付を済ませ、準備を済ませてさっそく浴場へ。脱衣所からガラス窓の向こうの露天風呂が横目に入ってくる。本当ならすぐさまリニューアル後の様子を見にいきたいが…やはり心身共にベストな状態で新しい露天風呂を受け入れたい。つまり身をキチンと清め、サウナ室で体を蒸し、水風呂で冷却した後でないと露天風呂に失礼になってしまう。(ならない)

 身を清めるのに15分くらい、サウナ室で12分、水風呂2分…それぞれのインターバルが合計1分くらいかかるとして、露天風呂を拝むまで30分はかかる計算だ。超余談だが、ぼくはアフロなので髪を洗うのにけっこう手間がかかる。アフロをやめてしまおうかなとこの時ばかりは思った。それほどまでに早く露天風呂に出たい。早く露天風呂に出たいのだ、ぼくは。

 しかしながら今ここでアフロをやめるわけにもいかず、キチンとそれぞれのステップをこなしていくしかない。サウナ室の熱さも水風呂の冷たさも、その後に待つ外気浴の気持ちよさのためなのだが…この日はリニューアルというスパイスと焦らしが効いて、いつもより負荷がかかってる気がした。

 しかし全く問題ない。負荷が大きければ大きいほど、その後の開放感が増すからだ。サウナ好きな人はわかると思う。負荷こそが"ととのい"への最高のスパイスってことを。急いでるからといってサウナ室や水風呂の時間を短縮することはない。この気持ちはサウナを愛する者ならわかってくれるだろう。

 はやる気持ちを抑え、それぞれのステップをキチッと丁寧にこなす。楽しみだからこそ、丁寧にこなす。現代社会は忙しく、何かにつけて「時短」などと言われてるが、楽しみな時間はくらいはゆっくり丁寧に過ごした方がいいよってぼくは言いたい。ほら、映画を倍速で見る人とかいるらしいじゃないですか。それはとてももったいないことだと思う。映画を情報として消化するのか、自分の人生を豊かにする大切な時間として丁寧に味わうのか。

 雑にサウナに入ることも、映画を倍速で見ることも、僅かな時間を得ることに対し失うものが大きすぎる。そういうことをぼくは言いたい。

 水風呂を出て、丁寧に体を拭く。この体を拭く時間が、忙しい日々の中でひときわゆっくりと時間の流れを感じれて、好きな時間でもある。前に「水風呂の後に体を拭く時間と、フィルムカメラにフィルムをセットして露出を測る時間って似てるよね」って話したら誰もわかってくれなかった。この上ない孤独である。誰かわかる人いたらぼくを孤独から救ってください。

 そんなことはさておき、準備は全てととのった。いよいよ露天風呂へ。さぁ、どこが変わったというのか…見たところあまり変化は無さそうだが…露天風呂に出て、あたりをぐるっと見渡す。なにせ秋を犠牲にして仕上げた露天風呂だ。変わってないはずがない。注意深く見ているとある変化に気づいた。なんてこった、そういうことか…ぼくはその瞬間絶望した。楽しみにしていたリニューアルの結果だというのに、絶望してしまったのだ。

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 露天風呂の奥に、ととのい椅子が三脚、そしてベンチがあった。今までは通路の端に二脚しかなかった椅子が三脚に増え、専用のスペースができてる。サウナブームの流れを受けて、ととのいスペースを作ったってことか…椅子は背もたれが深く、なかなかよさそうなスペースだ。けどなぁ…けど、違うんだよ。

 ととのいスペースができたその場所。それは植物があった場所だった。確かにととのうためのスペースは必要だ。この銭湯は家族連れに人気で、混んでくるとゆっくり休む場所もなくなる。ゆっくりできる場所が増えるのはありがたい。けどなぁ…緑を無くしたら、緑を無くしたらダメだろう。失ったものがあまりにデカすぎる、デカすぎるのだ…

 ぼくは、外気浴をしながら緑を見るのが好きだった。無機質な日々の中で、自然を感じる時間がそこにあった。

こんな感じで露天風呂から見える緑が理想

 思えば、あまり緑とは縁の薄い人生を送ってきた。念のために補足だけど「"みどり"とは"えん"の薄い人生」である。「"みどり"とは"みどり"の薄い人生」ではない。

 虫が苦手だし、猫を飼ってるから家に観葉植物的なものは置けない。だからこそサウナに行き、露天風呂で目に入ってくる緑に癒されてたのだ。そんなぼくにとって失ったものはあまりにでかかった。

 新しくできた外気浴スペースの座り心地のいい椅子に深く腰掛け、ゆっくりと体を休める。疲れた体に血が巡ってドクドクと鼓動を感じる。この瞬間がとても気持ちいい。この新しい外気浴スペースはとても有難い。

 だが、もうそこに緑はない。ぼくにとって外気浴は季節を感じれる時間だった。新緑の時期は深い緑の中に咲くツツジの鮮やかな色に目を奪われてた。(ツツジでいいんよね?)梅雨の時期は、雨が葉をつたい、滴る滴を眺めて引力ってすげぇなって思ったりしてた。ゆっくりと落ちる水滴を見ることでどれだけ気持ちが落ち着いてたか。

 もうこの場所でそれらは見れない。2度と見られない。この日本には、こんな風に何かを得るために失われてきた大切なものがどれだけあるんだろうか。そう思うと、やたら座り心地の良い新しい椅子で外気浴の気持ちよさを存分に味わいながら、ぼくは泣いた。11月の風は少し冷たかった。


あとがき


 サウナが好きだというと、まず水風呂の話が出てくる。そしてある程度サウナ慣れしてくると、今度は外気浴の重要性がわかる。ここまでは、ぼくもよく発信していた。サウナは水風呂と外気浴が大事なんだよ、と。けど、外気浴において緑の重要性はそれほど語ってこなかった。気持ちいい外気浴には緑が必要である。(と、ぼくは思ってる)

 サウナの良いところは、情報過多である社会から離れ、ただただ"熱い"と"冷たい"を感じ、思考の世界から感覚の世界へいけることだと思ってる。だからこそ、無機質な空間ではなく、可能な限り自然を感じれる空間が良いのだ。もちろん、これはぼくの感覚であって、全ての人に当てはまることではないかもしれないけど。

 もちろん、都会のカプセルホテル併設型のサウナも好きだ。外気浴の環境が落ちるかわりに、セルフロウリュだとかヴィヒタの香りだとか、サウナに特化した様々な工夫が施してある。それに対して、郊外のスーパー銭湯系のサウナは家族連れもターゲットとなるため、どうしてもサウナに特化して尖れない。

 であるなら、緑はやっぱり重要であると言いたい。緑のある露天風呂こそが郊外のスーパー銭湯の強みなんじゃないかと。しかし、昨今のサウナブームの中では、水風呂の重要性に比べ緑の重要性は語られてないような気がする。その積み重ねが今回のような結果として現れてしまうのなら、せめてぼくは「緑がある空間が好きなんだよ」ということを伝えたかった。

 もし、このnoteがこれからサウナを作ろうとしてる人に万が一届いて、緑を大事に思ってる人もいるんだなってことが伝われば嬉しい。その確率はものすごく僅かだろうけど、何もしないわけにはいかないほどショックであり、それを発信してこなかった自分の落ち度であると大いに反省したので、勢いに任せて書きました。リニューアルした銭湯は何も悪くありません。恐らく今日もこの後夕方からお世話になりに行くでしょう。

 失ったものは戻らないから、せめてそうなる前にあがいておきたい。これからの日本は当たり前のものが、時代の変化と共にたくさん失われていくかもしれない。だから今のうちに当たり前に日常にある"好きなもの"や"大切なもの"を発信しておきたい。でないと、わかりやすい新しい何かに変わっていってしまうだろうから。

サウナを作ろうとしてる人がもしこれを読んでたら、是非とも緑をよろしくお願いします。緑を、緑をどうかよろしくお願いします。

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