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変な人 (4)新宿のおむすびマン

 その男には髪型はあるが、髪がなかった。

 ある朝。事務所近くのコンビニで、いつものように飲料水を買おうとした時だった。
 飲料水はコンビニの一番奥の冷蔵庫に入れられている。そこから振り向くとレジカウンターが見通せる。
 その男は、そこにいた。こちらからはレジに並ぶ、そのうしろ姿が見える。
 ん? 違和感あり。
「帽子かな?」
 単純にそう思ったものの、心の底では違和感カウンターが激しく音を立てて鳴り響いていた。
 いつもの飲料水を手にして、違和感と好奇心で脳内が張り裂けんばかりにパンパンになった私は、早足でレジに近づいていく。
 徐々に迫る男性の背中。そして後頭部。違和感の正体はすぐに理解できた。
 その男性には確かに髪型はある。しかし髪の毛がなかった。
 描いているのだ。髪型を。
 その瞬間、たいへん失礼ながら、猛烈な笑いが腹の底からこみあげてきた。
 しかし、笑ってはいけない。笑いを抑えるため全力で腹と口を引き締め、レジを離れ、小走りに商品を棚に返し、外へ出る。
 私も人が悪い。男には悪いが、再び大きな好奇心を抱きつつ、男の正面姿をぜひとも拝見したいと、コンビニの外で待っていた。

 ほどなく現れたその男の髪型は、ある意味、ワタクシの期待通りだった。
 髪の分け目は7:3。モミアゲは、床屋さんで頼むところの「ちょっと短めにお願いします」程度の長さ。
 しかし、しつこいようだが、それは髪型ではあるけれど、まるで鉄腕アトムのように髪の毛の存在をまったく感じさせないものだった。
 私は、彼を見送ったあと、コンビニの前でしばし考え込んでしまった。
 どんな事情が、あのヘアスタイルを作り上げたのか……。

たとえば、こんな感じの後ろ姿です。

 想像してみた。
 彼が25歳のある日の出来事。ずっと気になっていた頭頂部分の薄毛の悩みに一つの解決策があることを知った。
 薄くなった部分を黒く塗るキットがあり、それを使うと薄毛部分がまったく目立たなくなるという。これはいい。早速購入する。
 その日から、その部分への黒色塗装は彼の日課となった。
 毎日ほんの少しずつ衰退していく髪の毛たち。
 彼は、その空白を埋めるべく、毎日黒髪キットで補修を続け……。

 子どもの成長は、ともに暮らす親にはなかなか見えづらい。
 忍者は、ジャンプ力を鍛えるため、樹を植え、毎日その上をジャンプする。すると、その樹の成長に合わせてより高く飛べるようになるという。
 うーん、良い例が浮かばない。
 しかし彼の場合も、きっと毎日少しずつ減少する髪に対して、自分では気づかないくらい自然に黒塗りの量および面積を増やしていったのだろう。そしてついに、今日のようなヘアアートの世界に行き着いたということなのかもしれない。
  
 かく言う私も、若年のころよりヘア関係はスイタイの一途をたどった。
 私の場合は様々な抵抗活動の末、きっぱり諦め坊主にするという道を選択するに及んだ。
 しかし一度はジタバタした身である。わかる、非常~に彼の気持ちはわかる。わかるのだ!
 しかしアナタ以外の全員が違和感を共有しているその髪型は、アナタを決して幸せにするものではない!
 ぜひ、一度、彼を近くの居酒屋にでも連れ込んで、酔った上でそう伝えたいものである。
 たぶん仲悪くなると思うけど……。

(つづく)


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