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平成元年七月の満月から、運命は

渋谷区の路上で高齢女性が死亡、所持金8円

こんなショッキングなニュースが目に入ってきた時、すぐ脳裏に浮かんだのはある女性だった。いつのことだったか定かではない、周りの人は薄手の長袖を着ていたと思う。まだ本格的な冬ではなく、気兼ねなく外出もしていた頃だから、コロナ前のことではなかっただろうか。渋谷だったか、新宿だったかで乗り換えた先の少し西側の住宅街の駅で、10時過ぎだっただろうか、バス停の近くに、いかにもくつろげないパイプ風のベンチに腰掛けようとしている女性を見かけた。「帰る場所がない人だ」、彼女を見た瞬間、路上生活者の持つ絶望と覚悟の入り交ざった独特な足取りから直感的にそう思った。女性でホームレスになるなんてどれだけのことがあったのだろうか、一瞬とても不憫に思い声をかけようか迷ったが、どことなく彼女から違和感を感じた。よく注意してもう一度その女性を見てみると、彼女の身だしなみはきれいに整っていて白地に紫の花がらの華やかなブラウスに、肩まで伸ばした髪の毛は綺麗に梳かれ嫋やかに肩にかかっていた。背筋はしゃんと伸びていて居住まいは美しく、まるで百貨店やお茶会で見かけるご婦人そのものだ。帰る場所がない人であるはずがない、そうすぐに思い返した。これからどこかに行こうとする人が持っているそぞろな気配は全く彼女からは感じられず、まるでそのベンチが今日の終着地のような面持ちを感じたが、すぐに頭の中で訂正し、きっと都心部のこのあたりでは10時を過ぎてもまだバスが来るのだろう、今日は特別疲れている彼女の表情はとても硬くて絶望の様相をまとっているけれど、もうすぐ到着するバスに乗って温かい部屋に帰るに違いない、私も今日の会合で疲れたし早く帰ろう、そう思い直し、電車に乗る改札口に向かった。あの時手にコンビニの袋を持っていたのは自分だったのだろうか、彼女だったのだろうか、それすらも記憶がおぼろげだ。袋の形から500mlのジュースが入っているのをうっすら覚えている。あの人はあそこであの後どうしたのだろうか、気がかりになっていた女性がいた。ニュースを聞いた瞬間その女性のことが頭をよぎった。

夢を追いかけて

夢を追いかけて広島から上京してきた大林さんは、アメリカへの渡航も果たし、世界の広さに胸を躍らせていた、素敵な女の子の一人だった。小さな村で育った自分自身も雑誌や小説、ポップソングで触れる東京の情景や世界に旅立つことに憧れて上京してきたからこそ、彼女の人生が自分と重なる。少女だった頃、遠くの西の海に沈む夕日や月を見ながら、あの海の向こうに行く、そんな決意を何度となくしていた。そんな彼女の最後は、悔しくも貧困の末路上生活を送っている間に男からの暴行を受けて亡くなられた。最後まで遠慮がちに人に迷惑をかけまいと必死に生きていた痕跡が残っている。ニュースを読んで、いやしくもすぐに頭の中は、彼女の人生と自分の人生を分かつ確かな何かを見つけようとした。自分が送る人生は彼女のものとは違うと断定できる何かを欲した。だってわたしは、、、探した先に彼女と自分を分かつものは何もなかった。

高齢女性を取り巻く状況

舞田さんがまとめてくれた資料によると、女性の年間所得ピラミッドで最も多いのが200万円以下という厳しい現実。この現実は、年金受給資格期間に差し掛かったら、更に追い打ちをかける。大林さんが直面した貧困もこれだったのではないだろうか。就労しても一向に貯金額は増えず、就労が途絶えた途端生活が成り行かなくなる。年収200万円以下で老後の貯蓄をすることのほうが無理難題だ。

彼女が見たかった世界を目に焼き付けるために

彼女と自分の人生を分かつものはなにもないが、ただ一つ確かなことは自分はまだ生かされているということ。今日の月を眺めながら、なんとなく平成に変わった年の夏の満月のことを思い出した。宿題で夏の星座を友達と一緒に見に行った時だったか、何かの会合ででかけた時か、東から上ってくる月の赤さに身震いがした。なぜ、今日平成元年の夏の満月を思い出したのかわからない。けれどもなにか運命的なものがまとわりついている、そんな感覚を覚えた。もしかしたらこの生が大林さんから託され、彼女の一部となっているのかもしれない。記憶というものがどこに保存され、生命が絶たれたときにどう消化するのかはわからないけれども、もし宇宙の神秘のどこかにバックアップがあって、魂がそこにアクセスすることができるとするなら、大林さんがもっと見たかっただろう朝日や夕日の自然の成す美しい地球の姿を目に焼き付けて、その記憶というファイルを宇宙レベルの共有フォルダに保存しているとしたら、せめてもの弔いに自分はそのアップデートに勤しんでいこう。



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