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あるヤクザとの対話

「僕はヤクザなんだ」

 カラーコーンはそう言った。三つ重なっているが、とても僕の身長に届きそうにはない。

  ヤクザにしては随分と可愛らしいんだねと感想を述べると、カラーコーンは、それは現代のヤクザの事情を知らない人が言うことだよと教えてくれた。なんでも、厳つい強面の男たちの集団なんてのは過去の話で、人口に膾炙するために一見、いやどう考えてもヤクザとは繋がりのない物に仕事を委託しているのだという。

 とは言え、カラーコーンに出来ることなんて、勝手に道を塞ぐ位だ。それも、品のいい爺さん婆さんならまだしも、好奇心旺盛な子供などには全く効果を持たない。彼らにとってカラーコーンとは危険の知らせどころか、進むべき道しるべでさえあるのだ。最近ではそのことを逆に利用する意地の悪いカラーコーンも現れてきたそうだが、目の前にいる三段カラーコーンはそうではないらしい。彼曰く、弱いものイジメはヤクザのやることではないそうだ。

 それでは何をするのと聞くと、三段カラーコーンは自虐的に笑いながらこう言った。

「何もしないよ。ただ、気ままに道路に立っているだけ。そんな事して何の意味があるのかって思うかもしれないけれど、今のヤクザは本当に数が減っているから、自分たちの勢力を誇張するためにとにかくスカウトに必死なんだ。それで、僕みたいなカラーコーンにも役ただずがどうかは置いておいて、水増しのために声を掛ける。なんでヤクザになったのかって?暇つぶしだよ。どうせ僕のことなんて誰も気にかけてくれないから、せめてヤクザにでもなったら少しは注目を浴びるかと思ったんだ。でも、全然そうはならない。なんも変わらないよ、ヤクザになっても」

 僕はなんて言葉を掛けたらいいか分からなくて狼狽えてしまった。要するにこの三段カラーコーンは邪悪な存在でもなんでもなく、どこにでもいる寂しがり屋のカラーコーンに過ぎないのだ。憐憫のあまり思わず家に来ないかと誘ってみた。カラーコーンは驚いたようだったが、丁重に僕の申し出を断った。ヤクザに自分から関わってはいけないよ。それが彼の言い分だった。その通りであった。

「ただ、一つお願いがあるんだ。君、マジックか何かは持っているかい?よければ、僕に顔を描いてくれないか?ほら、ヤクザって君たちからすると恐ろしい、関わりたくない存在だろう?まあ、それも当然だよね。散々人様に迷惑をかけているんだから。でも、ヤクザだって分かっているんだよ。このままではいけない、真っ当な道を歩まねばならないって。まあ思うだけで何も出来ないのがいかにもヤクザ的なんだけどね。僕はヤクザの非ヤクザ化に賛成だから、まずヤクザに対するイメージを変えていきたいんだ。それで、君が笑顔でも描いてくれたら、多少なりとも効果があるんじゃないかと思って。まず、笑顔のヤクザもいることから、伝えていきたいんだ」

 勿論僕は彼に協力した。絵心がないから変な顔になってしまったけれど、案外これくらいが丁度いいのかもしれない。カラーコーンは僕に聞いた。ヤクザに見えるかい?と。僕はとてもヤクザには見えないと言った。カラーコーンは言った。

「こういうヤクザもいるものだよ。顔色で人を判断してはダメだ」


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