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お題『避難命令』

 なんとなくラジオをつけていると突然、すぐに避難してくださいとアナウンサーが叫んだ。地震か、それとも竜巻かと身構えていると、なんと宇宙人が侵略してきたのだという。信じられない話であるが、どうやら都心の方は既に壊滅状態にあるそうだ。このままでは、ここが火の海になるのも時間の問題である。

 逃げなければと、本能的に感じた。多分、肉食動物に襲われる時の被捕食動物の気分はこんなものなのだろう。早速家を飛び出したが、ここであることに気付いた。逃げるといっても、一体どこに逃げればいいのだろう?勿論、宇宙人たちの攻撃を受けない場所、身を守ることが出来る場所だ。しかし、そんな場所が一体どこにあるというのか?車に乗って遠くへ逃げたとしてもすぐに追いつかれてしまうだろうし、徒歩なんて以ての外だ。それでは、どこか近くにある彼らの攻撃を防げる場所に逃げればいいのではないか?いや、そんな場所はないだろう。学校?公民館?話にならない。未知のテクノロジーを有している異星人に対して、いくら世界最大の技術を有しているとは言え、どうして我々のちんけな守りが通用するというのか。そうだ、妻や子供たちはどうする?思わず家に置いてきてしまったが、彼らをここに残しておくわけにはいかない。いやしかし、宇宙人がその矛先を我々に向けた時点で……命運は決していたのだ……。もうおしまいだ。あとはせめて、神様にお祈りをする時間だけでも残されていれば……。

 その時、ある違和感が私の中に燻ぶった。どこか変なところがある、おかしいぞと思案していると、すぐにその正体に気付いた。私以外、通りに逃げ出した者があまりにも少ないのだ。寝間着のまま家から飛び出して者の姿も散見されるが、それにしたって少なすぎる。皆、何をやっているのだろう?死ぬのが怖くないのか、宇宙人なんかに襲われることなんてないかと油断しているのか?しかし、ラジオが言っていたんだぞ。宇宙人が攻めてくると。それなのになぜ……。

 狼狽えていると、落ち着き払って玄関から出てきた妻が呆れるように私を見ながら言った。

「あれドラマの話よ」

 聞くと、先ほどのニュースや避難命令は、宇宙人が攻めて来たという「設定」のラジオドラマの中に挟まれた架空のニュース放送だという。してみると、私はありもしない攻撃に恐れおののいて、間抜けにもこの世の終わりだと勘違いしていたのだ。

 どうしようもない恥ずかしさがこみあげてくると同時に、この馬鹿げた試みに対して無性に怒りがこみあげて来た。苛立ちのあまり、放送局に電話までしてやった。この、『宇宙戦争』なんてのを作った奴はどこの馬鹿だと。すると、オーソン・ウェルズなる輩がこの番組を作ったのだと言う。オーソン・ウェルズだな、忘れないぞ。まったく、せめてこの世にも恥ずかしい騒ぎが後世の語り草にならないことを、祈るばかりだ……。

 

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