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村上春樹とビートルズ - 『街とその不確かな壁』 with イエロー・サブマリン

小説家の村上春樹さんが6年ぶりに長編小説『街とその不確かな壁』を発表しました。

発売初日に読了された方も多そうな中、わたしはまだゴールしていませんが、きっと日本各地でこの作品を読んだり読もうとしている人がいるんじゃないかと思ったので、この機会に【村上春樹さんとビートルズの関わり】についてまとめてみました。

村上春樹さんの魅力

わたしと村上春樹さんの出会いは中学か高校の国語の授業でした。ペーパーテストに『国境の南、太陽の西』の小説の一部が使われていて、それが村上さんの文章を初めて読んだ体験となりました。
そのすごく印象的な文章と世界観にテストを受けながら夢中になり、出典を覚えて帰って早速本屋に行き文庫を購入した記憶があります 。

マイ・村上・コレクション

その後は特に順番も関係なく目についたものを読んでいき、今回 “村上春樹×ビートルズまとめ” をするにあたって本棚を覗いてみたところ、引っ越しなどで手放したものもいくつかありますが思ってたより多くの作品が手元にありました。
何度か繰り返し読んだものもあれば、一度読んだだけで内容も薄れてきているものもあります。

村上さんの長編小説リリースは6年ぶりということでしたが、わたしは彼の長編小説に関しては『1Q84』(2010年くらい)以降のものはほぼ読んでいないので、自分にとっては15年ぶりくらいになるかもしれません。

村上さんの長編をある程度短期間で一気に読んだことでややお腹いっぱいになったということと、『ねじまき鳥クロニクル』の暴力的な描写(具体的には“皮剥ぎ”)が結構しんどくて、あと最近は長編小説に向き合う持久力も集中力も失われていてなんとなく長編小説からは離れてしまいましたが、エッセイや短編集などは好んで読んでいました。

そんなことでは「長編小説が自分の生命線だ」と仰る村上さんの本質みたいなものを知ることはできないのかもしれませんが、最近では村上さんご自身をメディアでも結構お見かけしたり声を聞いたりするチャンスも増え、”村上RADIO”(TOKYO FM) なんかはその最たるものですが、そういう村上さんエキスもタイミングがあえばちょこちょこ摂取しています。

村上RADIO

村上RADIOでビートルズのカバー曲特集なんかをしてくださる時はもちろん聞いています。

例えば『ラバーソウルの包み方』というビートルズのアルバム “Rubber Soul” の楽曲を村上さんセレクトのカバー曲で聞かせてくれる回(2022年5月放送)も素晴らしかったんですが、村上さんが “Rubber Soul” を初めて聴いたのは16歳の時で、「それまでに存在しなかった音楽にとても驚いた」と話されていました。

「その頃はまさか自分が "ドライブ・マイ・カー" を小説のタイトルにするとは思っていなかった」とか「 "ノルウェーの森" は平たくいうと女の子がセックスさせてくれなくて部屋に火をつける曲だ」みたいな話を、村上さんならではの語り口と渋いカバーソングスで聞かせてくれる魅力的な1時間でした。
村上春樹さんには今後もどんどんビートルズの色んなアルバムを包んでもらいたいなと思います。

村上春樹ライブラリー

村上春樹ライブラリーのエントランス

2022年には早稲田大学の国際文学館、通称 “村上春樹ライブラリー” にも行ってきました。
トンネルのイメージで設計したという隈研吾さんによる独特のデザインです。

村上春樹さんがこれまでに刊行された書籍やその研究資料、ご自身が寄託・寄贈されているレコードやCDなど村上さんのあれこれを堪能できる文化交流施設で、だれでも入場が許されています。

村上春樹ライブラリーいろいろ

企画展やイベントもあり、清潔で静かな空間はちょっと非日常感を味わえます。興味のある方は予約して行かれてみてください。

こんな感じで、わたしは “村上春樹というコンテンツ” という言い方をすると少し語弊があるかもしれませんが、”村上春樹 - Haruki Murakami “ という既にひとつの文化みたいになっている存在自体に興味があります。

村上春樹さんの新作が発表されると世間がザワつき、秋になると彼の名前を耳にすることが増え「ノーベル賞の時期が来たか」と思わされたり、意識せずとも村上さんの言動はニュースになることが多く、その注目度を含めとても興味を惹かれます。

① 街とその不確かな壁

街とその不確かな壁とビートルズ

わたしはビートルズが大好きなのですが、今回久々に村上春樹さんの長編小説『街とその不確かな壁』を読んでいて、ある人物の登場に「おっ」と思ったので、ここらで一度ビートルズと村上春樹さんについて軽くまとめておくのもいいなと思いました。

内容については言及しませんが、ある登場人物の描写について少しだけ書きますので、ネタバレ的なものが絶対イヤだという方はご注意ください。

その登場人物とは主人公と重要な関わりあいをもつ少年で、小説の中で【ビートルズのイエロー・サブマリンのイラストがついたヨットパーカー】を着ています。
そして、【ジョン・レノンが昔かけていたような丸メガネ】も着用していました。

ジョンレノン(John Lennon)は、1980年に悲劇的な死を迎えてしてしまいましたが、ビートルズのメンバーのひとりで、主にリズムギターとボーカルを担当し、現在も現役で活躍中のポール・マッカートニー(Paul McCartney)と “Lennnon-McCartney” 名義で数多くの名曲を世に送り出しています。

そしてイエロー・サブマリン(Yellow Submarine)というのは、1968年に公開されたビートルズのアニメーション映画のタイトルで、同じタイトルの楽曲、そしてアルバムもリリースされています。

イエロー・サブマリンは、文字通り『黄色い潜水艦』で、およそ半世紀前に作られたアニメーションは、今見てもとてもサイケでシュールで『アニメ界に多大な影響を与えたポップ・カルチャーの金字塔』と言われるのもうなずけます。

発表から55年経った今でも、このアニメのイラストやデザインは愛され続けていて、今でも色んなグッズやコラボ商品が作られています。

イエロー・サブマリン・モチーフのあれこれ

ディズニーやピクサーの作品を製作したジョン・ラセター監督も「一人のアニメ・ファンとして、また映画製作者として、『イエロー・サブマリン』に関わったアーティストたちに、心からの敬意を表する。彼らの偉業によって、今日我々が楽しんでいる多種多様なアニメーション世界への道筋が開かれた」と語っています。

映画は、かなりざっくり言ってしまうと、【悪者ブルー・ミーニーズとその仲間たちから愛と音楽を奪われてしまった美しいペッパー・ランドを救うために、ビートルズの4人が黄色い潜水艦に乗り込んで平和な世界を取り戻す】というストーリーです。

そして、『街とその不確かな壁』の中に出てきた『ピアニストにして、植物学者にして、古典学者にして、歯科医にして、物理学者にして、風刺作家。なんでもできて、そしてなにものでもない “ジェレミー・ヒラリー・ブーブ博士”』もその旅に参加します。

イエロー・サブマリンに登場する Nowhere Man ジェレミー

劇中ではビートルズの楽曲が使われていますが、当初このアニメーション映画に興味を抱いていなかったビートルズの面々は、出来の悪い楽曲があると「これはアニメ用にちょうどいいな」などと辛辣なことを言っていましたが、試写を見てそのメッセージ性や芸術性に感化され、映画用に新曲を作ったりエンディングに自ら出演するなど、メンバー自身も「好きだ」と公言しているアニメ映画です。

村上春樹さんが今回なぜこのモチーフを物語の中心的な人物のキーワードとして選んだのか。
その意味を突き詰めていくだけでも十分楽しめるような気がします。

② ドライブ・マイ・カー

女のいない男たちとビートルズ・ラバーソウル

2022年のアカデミー賞で濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』が、国際長編映画賞を受賞したことはまだ記憶に新しいと思いますが、原作は村上春樹さんの小説『ドライブ・マイ・カー』で、その小説のタイトルは、ビートルズのアルバム “Rubber Soul” の1曲目に収録されている同名の楽曲 “Drive My Car” から取られています。
なのでビートルズファンとしては、アカデミー賞受賞は勝手に他人事ではないような気がしていました。

村上春樹さんの『ドライブ・マイ・カー』は『女のいない男たち』という2014年の短編集に収められている6つの作品の中のひとつで、映画にはそのタイトルと登場人物のベースとなる部分が採用されていますが、他にも『シェエラザード』、『木野』という二つの短編作品のエッセンスも含まれています。

小説でも映画でも、主人公が女性ドライバーの運転する車の中で過ごす時間というのが重要なシーンになってきますし『ドライブ・マイ・カー』というキャッチーなタイトルは、小説や映画に人を惹きつける要因の一つになっていると思います。

ビートルズの楽曲 “Drive My Car” は、”スターを夢見る女性が、まだ車は所有してないけど「あなたドライバーにならない?」って誘ってくる” みたいな、小説や映画のしっぽりした感じとはかなり対極にあるような内容ですが、そんなことは無問題といった感じでタイトルを付けてくる村上春樹さんはやはり只者ではないな、と思います。

③ イエスタデイ

女のいない男たちとビートルズ・ヘルプ

短編集『女のいない男たち』には、『イエスタデイ』というタイトルの作品も収載されています。
こちらも、ビートルズの超有名曲のタイトル “Yesterday” を拝借していますが、小説では、”主人公の友人がビートルズのイエスタデイをおかしな歌詞と関西弁で歌っていた” みたいな感じで使われていて読後はその意味について改めて考えさせられましたが、原曲 “Yesterday” をご存知だと、それが関西弁で歌われる違和感というのがよく理解できるかと思います。 

前書きの中で村上春樹さんは、このイエスタデイの歌詞の創作についてビートルズ・サイドから「ちょっとそれは…」的な指摘があったため、雑誌掲載時の内容から大幅にその歌詞を削ったと書かれています。
「小説の本質とはそれほど関係がないので問題ない」そうですが、それにしたって村上さんの書いた関西弁イエスタデイは非常に気になるし、ビートルズ・サイドの権利関係の厳しさについても改めて知ることとなりました。

ビートルズの “Yesterday” は、教科書に載る程度の知名度もあるので耳にしたことがある方も多いと思いますが、彼らの4枚目のアルバム “HELP!” に収録されていますので気になる方は歌詞と合わせてご堪能ください。

ちなみに村上春樹さんは、「この短編集『女のいない男たち』は音楽でいうところのコンセプトアルバムだ」と表現されていて、ビートルズの ”Sgt.Peppers Lonely Hearts Club Band” や ビーチ・ボーイズの “Pet Sounds” を緩く念頭に置いて制作されていたそうです。

“Sgt.Peppers Lonely Hearts Club Band” は、発表された1967年にはとても革新的なサイケデリックなコンセプトアルバムとして驚きを持って受け止められ、半世紀経った今でも、そのジャケットデザインなど未だ注目度の高い作品のひとつです。

こちらは2017年にアルバム発売50周年を記念して、ビートルズの音楽には不可欠だったプロデューサーのジョージ・マーティン氏の息子のジャイルズ・マーティン氏が、その魅力を存分に伝えるべく現代版remixで蘇らせていますので、まだ聴いたことない方はサブスクなどで是非お聞きになってみてください。

そういえば、ある雑誌のインタビューで「音楽を聴く時サブスクは使わないんですか?」と尋ねられた村上さんは、「セックスと友情を分けるように、できるだけインターネットと音楽は結び付けないようにしている」みたいな風に答えていて、ザ・ベリー・村上春樹だな、、、と痺れた記憶があります。

④ ウィズ・ザ・ビートルズ

一人称単数とビートルズ

そんな村上春樹さんは、2014年の『女のいない男たち』の後、2020年に『一人称単数』という短編集を出版されています。

8つの短編のうちのひとつの『ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatle』という作品では、ハーフシャドウの4人のモノクロジャケットが素晴らしいビートルズの2枚目のアルバム ”With the Beatles” が、印象的な小道具としてストレートに使われています。

作品の中で村上さんは、小説の本質にそこまで必要かな?と思ってしまうほどこの ”With the Beatles” というアルバムについてとても詳しく説明されていて、ビートルズの関係者でもなんでもないのに「なんかすみません、どうもありがとうございます」というような気持ちで拝読しました。

ストーリーとしては、わたしの思う “村上節” が要所要所に入っていて、ある種安心して読める作品でした。

『一人称単数』に収載されている8つの作品の中では、わたしは「謝肉祭(Carnaval)」と「品川猿の告白」の2作品が特に好きでした。

⑤ ノルウェイの森

ノルウェイの森とビートルズ

そして最後になりましたが、【村上春樹×ビートルズ】という括りで一番の有名どころと思われるのは、やはり村上春樹さんの5作目の長編小説『ノルウェイの森』ではないかと思います。

この作品は多分わたしが『国境の南、太陽の西』の次に読んだ村上春樹さんの長編小説だったんじゃないかなと思いますが、10代半ばの自分には想像力や経験値が及ばないところがたくさんあり、でもそうだったからこそ村上さんの描く世界に深く魅了され、もっとたくさん読みたいと思ったんじゃないかと(今は残念ながらその時の感覚を全く思い出せないので他人事のようですが、そんな風に)思います。

去年、十数年ぶりに読み返してみましたが、作品の中にはわたしが記憶していたよりずっとたくさんのビートルズの楽曲が流れていて、まるで初見のような新鮮さがありました。

『ノルウェイの森』には、自分が歪んでいると自認している人たちがたくさん登場しますが、その中のひとり、レイコさんという女性がギターをひきながらビートルズを歌います。

彼女はノルウェーの森を弾き、イエスタデイを弾き、ミッシェルを弾き、サムシングを弾き、ヒア・カムズ・ザ・サンを弾き、フール・オン・ザ・ヒルを弾き、「この人たちは確かに人生の悲しみとか優しさとかいうものをよく知っているわね」と主人公に語りかけます。

「この作品でビートルズに出会って彼らの音楽を聴いてみた」と言う人がいるといいな、と謎目線で噛み締めながら読みました。

村上さんは『ノルウェイの森』をギリシャのスペツェス島というところで執筆されたそうですが、その期間中も“Sgt.Peppers Lonely Hearts Club Band” を聴いていたそうで、案外 “サージェントペパーズ” からインスパイアされることが多いのかな?と思ったりしています。

まとめ

"サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド" と "ホワイトアルバム"

以上が、私が今思いつく村上春樹さんの作品と結びつくビートルズの作品です。

以前見たテレビ番組の中で紹介されていたエピソードに、大学時代の村上春樹さんは、同級生に「ローリング・ストーンズとビートルズどっちが好き?」と聞かれて少し考えて「ストーンズの方がマシだな」と答えた、というものがありました。

村上春樹さんの場合、音楽というとロックよりはジャズやクラシックのイメージですのでとても容易にその大学時代の姿を想像できますし、そんな村上さんが歳を重ね、その “能動的に聴こうとしなくても聞こえてくる特に思い入れもなかったビートルズ” を作品のモチーフとして結構頻繁に登場させるようになった背景にはどんな心境の変化があったのかな、みたいなことを妄想するのも、わたしの ”村上春樹 - Haruki Murakami “  の楽しみ方のひとつです。

村上春樹さんがビートルズを好きになったのは40歳を過ぎてから。
特に好きなアルバムは「ラバー・ソウル」。
すごいと思うアルバムは「ホワイト・アルバム」(正式名称は “THE BEATLES” で、”White Album” は通称)。

村上春樹さんはこの2枚組のホワイト・アルバムを、『ギリシャの島に寝転んで「ああ、いいなあ」と思いながらずっとウォーククマンで聞いていた』と過去に雑誌のインタビューで話されていました。
“一番最初に啓示を受けたビートルズのアルバム" なんだそうです。

わたしの言葉でこのアルバムを簡単に紹介させてもらうと、”音楽に対する熱意とか、独創性とか、傲慢さとか、ビートルズの色んな魅力が雑多に詰め込まれたバラエティ豊かな作品” です。
是非、アナログからでもサブスクからでも、手段はなんでも構いませんので聴いてみてください。

そして村上春樹さんには、次回はこのアルバムに収録されている「グラス・オニオン “Glass Onion”」あたりのタイトルを使って小説を書いてもらえたらなーと思っています。

『街とその不確かな壁』にもジョン・レノンが記号的に登場していますが、村上さんは去年、ウクライナ侵攻に対する思いを語るときに「you are not the only one」と "imagine" の歌詞を、ジョンに呼応する形で使っていることがありました。
ジョンのことを「理想を信じたシニカルなドリーマー」と表現し、「彼の死で世界の情勢が大きく変わってしまった、残念だ」ともラジオで語られているのを聞きました。

こんな風に、村上さんは色んなシーンで、ビートルズやジョンやポールやジョージやリンゴと出会い直しているのかもしれないな、と勝手に想像するだけで、わたしは村上作品を読むのがもっと楽しくなります。

若い頃と比較し、最近の村上春樹さんはよくビートルズのモチーフを作品に登場させたり、ご自身もビートルズについて語ることが格段に増えているように感じます。

それは何故なのか?

今回、新作長編『街とその不確かな壁』を読み、ビートルズ妄想家としては、色々と考える楽しみが増えました。

このnoteを見つけて、ビートルズの音楽や映画やキャラクターについて興味を持ってくださる方がひとりでもいらっしゃると、ビートルズ妄想家としてはとても嬉しいです。
それでは引き続き、素敵なビートリーライフ、そして “村上春樹のある生活” をお過ごしください。

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