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『ジャングルの夜』第八話

 こぢんまりとしていて、たいした内装ではないが、清潔な印象を受けるステーキ屋で、店員のおばさんに自家製ソースの説明を受けた。「A1ソースもあるから、そっちの方が良ければ使ってくださいね」とおばさんはテーブルに市販のソースも置いた。そして遠慮がちに、「旅行の人?」とたずねた。千多が、
「仕事で来ている」と答えると、
「地元の人かな~、とも思ったんだけど。お兄さんはどっちか分からなかったわ」と、なんだか嬉しそうに喋った。

「沖縄の定番」だというA1ソースを、「酸っぱいから好き嫌いがあるけど」と説明し、「よかったらチャレンジしてみてください」とフランクに言って、おばさんは厨房へ下がっていった。
 千多はせっかくなので、自家製ソースとA1ソースを半分ずつ分けてステーキを食べた。

 あっという間にいい時間になったが、日が沈みかけている道を再び原付でおきなわワールドまで走る元気はなかった。それで、贅沢してタクシーに乗ることにした。流しているタクシーを捕まえて乗り込んだあと、いくらぐらいかかるか確認した。

「三五〇〇円から、四〇〇〇円はいかないと思いますけど」と、態度が悪いというわけではないが、あまり愛想のない運転手に言われて、「まあ、そんなもんか」と納得した。

 運転手は、千多がGoogleマップを頼りに走った道とは全然違う、狭い道を通りながらおきなわワールドへ向った。
 途中で帰りのことを考えて、「元居た場所へ戻るには、なんて伝えたらいいか」と千多は運転手に聞いた。「開南バス停前と言えば伝わりますよ」と教えてもらい、口の中で復唱してみたが、おきなわワールドへ着くころには、なんだったか忘れてしまった。

 運転手が言っていたのよりはいくらか安く、三〇〇〇円と少しの料金を払おうと財布を確認すると、千円が二枚とあとは一万円札しかなかった。「お釣りがない」という運転手の頼みを聞いて、一旦五〇メートルかそこら引き返して千多はコンビニへ寄った。運転手を待たせてコーヒーを二つ買い、ひとつは運転手にあげた。

「帰りもタクシーを使うなら、向かえに来ますよ」と言う運転手に千多は、「八時半頃になる予定です」と伝え、おおよそ一時間半後に向かえに来てもらう約束をした。

 日が暮れたあとに見る、おきなわワールドは、日中見たものと似た、別の建物のようだった。ゲートが開けっ放しにされている無人の入場口をくぐるのは不思議な感じがした。

 まっすぐ進んだ先に明るく照らされている場所があり、そこが集合場所だということは簡単に分かった。

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