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『ジャングルの夜』第十二話

 谷を下りきると小川が流れていた。
「ここからはこの川の中を進みますが、いつもより水かさが増して、流れも急になっていますので――」と、ここでも気をつけるようにと注意された。とにかくずっと気をつけていなければいけないのだ。

 条件がよければエビやウナギが見られるという川の中をいくらか進んだところで、ぽっちゃりは立ち止まり、
「本来ならさらに奥にある、魔物が住むと言われていた洞穴まで行くのですが、今日はご覧の通りこれ以上進むことが出来ません」と前置きして、
「かわりにここで大切な話をさせて頂きます」と妙に改まって、「失われていく沖縄の自然」や「植物、生物の生息環境」と言ったことについて語り出した。

 真っ暗な闇の中、手にしたライトの光が照らす光景は三六〇度自然だった。千多は魔物や妖怪の存在が人々の生活から居なくなったように、今いる場所が過去のものになる姿を想像した。

 再び陸にあがり、ぬかるんだ土の上を進むと、信じられないデカさのバッタが道の真ん中でジッとしていた。バッタはぽっちゃりと千多が近づくのも構わず逃げる素振りを見せなかった。

「ここまで動じないのも珍しいですね」と言いながら、ぽっちゃりは手を伸ばしバッタのお尻をチョンとつついた。それでもバッタは動かず、ぽっちゃりは首をかしげた。

「もしかして産卵中かな」と言いながら、ぽっちゃりはバッタを持ち上げたが、それでもまったく動かなかった。

「違うみたいですね――どういうことだろう」と言いながら、また首をかしげたぽっちゃりは、バッタを千多の眼前へ突きだした。

 そもそも千多はバッタが好きではない。そのうえ目の前にだされたバッタはエクレアぐらいのサイズがあり、気持ち悪さが際立っていた。「やめろ」と思いながら、千多は適当に頷いた。

 死んでいるわけでもない動かぬバッタを土道の脇へそっと置いて、ぽっちゃりは再びコースを歩き始めた。しばらく進んだところで、中だるみさせないための趣向か、

「この先の道は、ひとりずつ進みましょう」とぽっちゃりは言った。

「このまま進むと、大きな石のある少しだけ開けた空間があります。そこまで辿り着いたら、大きな声で合図してもらえますか」そう促され、これまでぽっちゃりの後ろを歩いてきた千多は、ひとりで先へ進むことになった。

 道はそれまで歩いてきたのと変わらなかった。それでも、前後に人の姿がない状況になると、ジャングルは、同じだが同じではない場所になった。

 それらしき場所で、千多が、「着きました」と言うと、ぽっちゃりの、「空を見てください」という声が返ってきた。彼は音声だけで、普段ならこの空間から星やオオコオモリが飛ぶ姿を見られるという説明をした。そのまま、隣を流れている川の対岸に生息する植物の説明をしたあと、ぽっちゃりは後を追いかけてきて千多と合流した。

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