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書くことと、掻くこと

『書くことと、掻くこと』

愛用のPILOTキャップレス万年筆で文字を書いていると、紙の表面の極微細なざらつきが、銀色のペン先を通して僕の体に伝わってくる。
ふと、「書く」と「掻く」は同じことではないかと思った。図書館にいた私は、かく手を止めて、辞典がずらりと並ぶ書架に向かった。『日本語大辞典』で「書く」を調べてみた。思った通り、「掻く」と語源を共にしてた。

今となっては、パソコンで文字を起こすことも、書くことの一つとなっている。むしろ、多くの書かれたものは、キーボードで打ち込まれたものだ。だけど、パソコンも、まして紙もない時代で、文字を可視化させることは、たとえば石板の表面から言葉を掻き出すことだった。ガリガリと音を立てて、一画を書くことも、随分時間のかかったことだろう。想像しただけでも、体全体を使った作業だったことがわかる。

パソコンで文字を書くというのは、ローマ字を組み合わせることだ。石板のに文字を書くことは、体全体で一画を掻き出すことだった。そのプロセスでは、一本の真っすぐな線、緩やかにカーブした線の組み合わせが、少しずつ少しずつ生きた言葉になっていく喜びがあっただろう。

子どもの頃、地球はまっさらなノートだった。そこらへんの無価値な小石を手に持って、歩道のアスファルトの上に文字を書き出していた記憶が、ぽっ、と蘇る。アスファルトのざらついた表面に、ガリガリと目一杯の力を込めて、「うんこ」と、白い文字を書いて喜んでいた。体全体でかきだした「うんこ」だった。

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