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捧げ手(サクリファイアー)の酒宴

 ゴロヴィンの両手をチェンバース大佐が拘束し、大帝がサラダと酢を彼の口と鼻に流し込んだ。
「ゴボボボッ!ゴボボーッ!」
「皇帝は汝ら臣民の尊父、ならば飲食の好悪を正すのも我が役目なり。どうだ、旨いだろう?」
 噴出すれば死あるのみ。鼻から血を吹き流しながら、ゴロヴィンは地獄の液体を嚥下し続けた。
 「大帝の……仁愛に……感謝……を」
 感謝の辞を述べ切ったゴロウィンに周囲は安堵した。

「さて諸君、再度の乾杯を。ここにある酒ときたら小便と良い勝負だが、棟梁よ、お前なら余の酒と馬の小便のどちらに軍配を上げるかな?」
 棟梁マゼーパは顔色一つ変えることなく、大帝に答えた。
「私が飲んだ時の馬の小便の方が旨く感じました」
 大帝の目が鷲のように細まった。
「余の酒はそれほど不味いかな」
 大帝はまるで己が狩る鼠に話しかける猫のような声で話しかけた。
 マゼーパはしばし髪を撫で、やがて口を開く。
「我々コサックは強行軍の際、替え馬数頭と共に走ります。乾けば馬の頸に槍を突き刺し血を飲み、脱落すれば次の馬へ。最後の馬に替われば血も飲めず、塩と水を求めて舌が倍に膨れ上がります。その時、尿まった馬の小便を兜に受け飲みましたが、あの時の舌には塩と水を含んだ小便が甘露のように感じられました」
 大帝はなおも鋭くマゼーパを睨みつけていたが、不意に破顔し、腰からぶら下げていた鍵の一つをマゼーパへ投げ渡した。
「余の厩の大鍵をお前に渡しておく。好きな時に入り、好きな馬に乗り、好きに小便を飲むことを許そう」
 「恐悦至極に存じまする」
 確固たる錬鉄に繊細な彫刻が施されたその鍵は、大帝自らがその無骨な手を驚くほど巧みに振るった逸品であった。
 「自分の錠前を他人に作らせるほど愚かなことはあるまい」
 鍛冶の槌を振るいながら、廷臣の諫めを聞き流した大帝はこう嘯いたものである。

一瞬の空気の弛緩の後、不意に末席の軍装の男が立ち上がった。
 「オルスフィエフ将軍?」
(続く)

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