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【3分小説】一万円札と輸出戻し税

「カネは天下の回りもの」

なんて使い古された言葉がございまして、

お金がバレリーナみたくクルクル回る、という意味だと思う人は当然いないわけでございますが、

お金は貯めておかずに使わなきゃいけないよ、という意味だと思っている人も一定数いるらしいので誤解を解いておきますと

実はお金は常に世間を巡り巡っているものだから、お金持ちでもいつかお金がなくなることがあるし、逆にお金がない人だってそのうちお金持ちになるかもしれないよ、って意味なんでございま……

おっと、あの薬のおかげでおしゃべりが止まらないでございます。

そうです、わたしはカネです。

一万円札でございます。

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我が社は「ある薬」を販売している。国内で販売している時期があったがやめてしまった。今はヨーロッパ諸国に輸出だけを行なっている。

ある薬というのは「おしゃべりになる薬」だ。

その薬をかけると文字通り「おしゃべり」になるのだ。薬をかける相手は人ではない。モノだ。

例えば、ぬいぐるみに薬をかけてみる。みるみるうちにぬいぐるみが喋るようになって、話し相手になってくれるのだ。

一人暮らしで寂しい人にはいい商品だ。初めは日本でも飛ぶように売れた。でも、次第に売れなくなってしまった。理由は話し過ぎるから。この薬を使うとウルサくて敵わないんだ。

日本では売れなくなってしまったんだけど、海外では違う。特に一人暮らしの多いヨーロッパ諸国では順調に売り上げを伸ばしている。

理由は薬をかけても喋り過ぎないから。日本では大手を振って喋れても、海外では現地の空気に呑まれて口数が少なくなるらしい。実に日本人らしい薬なんだ。

社内には新人教育用にサンプルが置いてある。新人が入ってきたときに商品説明するために使うんだ。実際に使ってみた方がわかりやすいからね。大抵はぬいぐるみに薬を塗って、喋るのを見てもらったら、すぐに捨ててしまう。ウルサくて1分だって一緒にいたくないからね。

実はあろうことか一万円札に薬がかかってしまったことがあった。一万円札がしゃべるようになってしまったんだけど、さすがに捨てるわけにはいかなかった。仕方ないから金庫にしまったよ。金庫を開けるたびにピーチクパーチクしゃべってうるさかったけど、外に置いておくよりはマシだった。

しばらく金庫に入れてあったんだけど、一万円札を使う機会があった。仕入業者が消費税の計算を間違えたとかで、差額分をもらいに来たことがあったんだ。消費税率を10%で請求しなきゃいけないのに、8%で請求しちゃったんだって。増税直後だからしょうがないよね。ちょうど差額が一万円だったから、例の一万円札で払ったよ。3ヶ月前の話だ。 あれからは平穏な日々を過ごしている。

あぁそうだった。社長にATMに行ってくるように頼まれたんだった。なんでもゆしゅつもどしぜいとかいう還付金を引き出してこいとのこと。輸出業者は大抵ゆしゅつもどしぜいをモラッテルンダッテサ。

ATMに行って確認するとたしかに還付金が入ってるようだった。早速引き出してみると、ATMの紙幣扉が開くと同時に聞き覚えのある声がした。

「お久しぶりです。戻って参りました。そうです、カネです。一万円札でございます。」

例の一万円が目の前に横たわっていた。

ゆしゅつもどしぜいなんてあるはずもなく、ただ単に支払った消費税が戻ってきただった。

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