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夜の海

6月の半ばに私は夜の海に行きました。そこは私の住む家からは電車で2時間近くかかる遠いところです。着いたときはまだ明るく、ちょうど日が暮れはじめたころです。海を挟んだ向こうを走る電車が紅霞に包みこまれているのが見えました。

明るいときに見る海というのは大変きらびやかで、時折押し寄せる波はキャンバスに描かれたなにかをきれいさっぱり消し去っていくようです。少し遠くから砂浜にじっと座って眺めると心が洗われていくようなそんな清さを感じます。

けれども暗い時に見る海というのは昼間のそれとは違ってきらびやかさはない。波が押し寄せても視覚的には曖昧でよく見えないし、砂浜に座ってみれば海は影絵になってしまう。

それでも私は、夜の海がとても好きです。よく見えないところにいるからこそ、他の感覚がそれまで気づかなかったものを教えてくれるから。昼間はそこまで深く気にしなかった潮の匂いや波の音が昼間よりもずっとはっきりと入ってきます。水に触れれば視覚がある時以上にはっきりと海水の手触りを感じる事ができるような気がします。

こうしているうちにだんだんと、よく見えないはずの海の中に自分だけの世界ができあがっていきます。他の人には見えない、海の中の世界が。

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