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『幻の光』 スタイリッシュでありながら土着的。静寂に、しかも重く伝わってくる。

評価 ☆☆☆



あらすじ
幼い頃に、認知症らしかった祖母が故郷の四国へ帰ると言って家を出たきり、二度と戻らなかった。幼い頃のゆみ子は出て行く祖母を引き止めようとしたが、止めることができずそのまま見送った。そのことを、大人になった今も後悔していた。



ある女性と話をしていて、映画『幻の光』を思い出す。



この作品は宮本輝の原作を是枝裕和監督が映像化したもので、主演は江角マキコ。1995年の作品だからもうかなり前になる。内藤剛志、浅野忠信、柄本明などが出演。みんな若々しい感じがする。



僕は『幻の光』の江角マキコが好きだった。この映画の中の彼女には透明感がある。スタイリッシュなのに、どことなく土着的な感じがする。これは映画全体に通じるルックでもあった。



映画にはふたつのテーマが浮かぶ。ひとつは「死」。突然、電車で亡くなった自分の夫の死をどう捉えればいいかを主人公はずっと考えている。もうひとつは「ライフ」。生というよりも生活としたほうがいいだろうか。仕事して、ご飯食べて寝るという日常生活という意味ではなく、どう人生を歩むかという「ライフ」である。カタカナ表記にするとしっくりする。



「死」と「ライフ」は『幻の光』で言葉少なく描かれる。音楽もさほどなく、感情の起伏があるわけでもない。静かだ。音楽を担当したチェン・ミンジャンは僕の好きな『恋恋風塵』でも関わっている。衣装もいい。北村道子のデザインした洋服はシンプルで繊細な色使い。スタイリストが選んできた小道具の数々もいい。



ラストがなんだか中途半端という意見も多い。人生なんてそんなに簡単に結論が出せるわけではない。平穏な人生に思えても、実際には『幻の光』の登場人物たちのようにドラマがあり、葛藤があり、時折だけどカタルシスがある。穏やかな日々が綴られる手紙の向こうには、現実というつらい世界があるし、そのことをこの映画は見せようとしている。その目論見は完璧とはいかないけれど観客に伝わる。



僕はこういうテイストの映画が好きだ。少なくともおしゃべりが過ぎる作品よりも心に届く。もう少し江角マキコを魅力的に撮影しろとか、あそこまでモノが少ない生活は生活感がなくて嫌、とかの声があるだろう。でも、こういう感じの映画はいい。



不思議なものだ。随分前に探していたけれどいつのまにか何を探していたかすら忘れてしまっていて、それを、ふと思い出した時の感じに似ている。ある女性と話さなかったら、僕はこの映画をすっかり忘れていたことだろう。



追記



読み返すと悪くない文章だ。でも誰と話したのか忘れてしまった。これもまた「ライフ」である。



初出 「西参道シネマブログ」 2012-04-03



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