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『死んでもいい』 映画としては変形心中モノ。どこにもたどり着けない男と女。それは、どこか切ない。

評価 ☆☆



あらすじ
電車で大月駅に着いた若い男性、平野信は改札を出た時、人妻の土屋名美と軽くぶつかった。このことがきっかけで、彼女の職場である不動産屋に訪れる。名美の夫で不動産屋社長・土屋英樹に平野は就職したいと申し入れ、アパートで暮らしながら、この不動産で働き始める。



久しぶりにこの映画の予告編を観た。ちあきなおみの「黄昏のビギン」にのせて好きなシーンばかりが綴られる。この予告編を見るたび、日本映画のクオリティの高さを見せつけられる。笑えるセリフもあって、よくできている。ぜひ、探してみて下さい。



『死んでもいい』は1992年の日本映画。監督は石井隆。出演は大竹しのぶ、永瀬正敏など。佐々木原保志の撮影が素晴らしい。石井隆の演出の中では1,2位を争う出来映えでもある。大竹しのぶ、永瀬正敏、室田日出男らも熱のこもった演技をしている。



大竹しのぶによると「この映画は本当に予算がなくて、みんなで昼食代のお弁当を削り、正真正銘の手弁当で作り上げた作品」だという。確かにスタッフやキャストの良いものを作り上げようという熱が伝わってくる。



僕はもともと石井隆監督の世界は得意ではない。大竹しのぶのようなキャラクターの女性をセクシーだと思わない。それでも『死んでもいい』は石井隆という監督の才能、大竹しのぶという俳優の才能も評価せざるを得ない。



興味深いのはその題材である。本当にどこにでもありそうな不倫事件を扱っている。実際に起きた出来事を元にしているという。その「どこにでも起きてるんだろうな」と思わせるリアリティを持ちつつも、同時に実際にこのような映画的状況で起こりえるはずのないシーンがいくつも映し出される。そんな類まれな二重性が『死んでもいい』の大きな魅力となっている。



特に永瀬と大竹の材木置き場のシーンが素晴らしい。「男女の恋愛とはどういうことなのか。なんだろう、この引っかかる感覚は? 」と20代の頃に思っていたけれど、年を取り、僕も大人になり、いまならとてもよく分かる。



あれこそがこの映画の大きなポイントである。どこにも行けない男とどこにもたどり着けないことがわかっている女のささやかな時間。それは、どこか切ない。生きることは大変である。だからこそ、そういう時間をちょっとだけ体験できるは、日常のやりきれない出来事や辛いことを我慢する糧になるし、我々は生きていくことができる。



「死んでもいい」と思える瞬間があるからこそ、ひとは生きていけるのだ。



近松門左衛門の心中モノをちょっと変形させたような物語でもある。こんな話にしたのは、西村望原作の「火の蛾」のせいなのか、石井隆監督の意図なのかは不明。今度原作をしっかり読んでみよう。



初出 「西参道シネマブログ」 2012-05-01



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