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なんで、私が押し入れに。

それは、土曜日のことだ。

「ママも髪切ったよ。昨日ね」

恐ろしい言葉を息子が口にする。
妻抜きで訪れた実家で、遠慮などあるはずもなく、早々に二本飲んだはずのビールの酔いは、彼方へと消え去り、
冷たい汗が僕の背中を伝う。

二日前。
確かに、娘と息子は髪を切った。
「また、髪切りに行くの」
と、二人は、しっかりと事前報告をし、
見た目にもわかる変化をし、
髪を切った後も、
「髪切ったの!」
と事後報告まで済ませてくれる。

待ってくれ。
・・・妻も、髪を切った、
だと?

日本一オサレ漫画の『ブリーチ』のように、思わず、

「なん・・・だと・・・」

とオサレな言葉を漏らしてしまう。

昨日。
・・・僕は妻と会っている。

仕事を終え、家に帰った時には、全員布団にいた。
鍋にあるカレーを温め、食事を済ませていると、妻は起きてきた。
今朝、目を覚ますと、なぜだか妻は不機嫌だった。

そう。

不機嫌だったのだ。

「落ち着け。まあ、待て」
と僕の中の、オサレ師匠こと久保帯人先生がストップをかける。

言うても、うちの息子は3歳だ。時系列も曖昧。
前回の美容室のことを彼は言っているだけであり、昨日、妻は髪を切っていないかもしれない。
不機嫌な理由も、別にあったのかもしれない。

僕は、じーちゃんのiPadを独占する娘に近寄り、そっと尋ねる。
「ねえ、ママって昨日、髪きったの?」

なんだお前?
と言う今朝の妻を彷彿とさせる冷ややかな視線を僕に向けた後で、娘はiPadに目を落としながら、口を開く。

「・・・気づかなかったの?」

おうおうおうおう。
これは、紛れもなくトゥルーじゃねえか。

もう、法律で、

「女性は髪を切る際、第○親等までに、散髪の事前報告と事後報告をした者の世帯には、税金を30%免除するものとする」

とか作ればいいのに。

なーんて現実逃避をしながら、
どう足掻いても0点のテストを100点にする方法を模索する。

うん。
ねぇな。

「とりあえず、気づいてあげることと、褒めてあげることじゃない?」

と姪が、まともなアドバイスをくれる。

「・・・あんた。相変わらず、面白味に欠けるわね。THE普通よ。普通じゃなくて、THE普通」

と元も子もないことを、言うのが、姪の元である母=我が姉だ。
その姉の、

「お菓子を買ってあげる」

と言う、怪しい言葉に100%引っかかり、娘と息子は、姪と共に薬局経由で家へと帰ることになった。

当然、僕は、
「歩いて先帰ってて」
と、子どもから乗車拒否を食らう。

その間、僕は先に家に戻り、姪の作戦を実行する。

「あれ? やっぱり髪切ったよね? そうだと思ったー。昨日の時点で気づいたよー。でも、寝起きで髪が乱れてたから、アレかなーと思ってー。やっぱそうだよねー。似合うー似合うー。可愛いー! 素敵ー!」

『はじめの一歩』の宮田一郎を彷彿とさせる手数とフットワークで勝負だ。
相手(妻)には応戦させない。
何かを言いかける前に、すぐさま言葉のカウンターだ。
そう。

勢いって、ほんと大事。

作戦が功を奏したのか、妻は、
はいはい。
と言う態度で、パソコンと向き合う。

こりゃ、TKOだな。
勝利を確信すると同時に、子どもたちが戻ってくる。
子どもを寝かしつけ、万事解決。

・・・そう、思っていた。次の日だ。

朝、起きると同時に、僕は娘に捕まった。

娘「このぉ、嘘つきめ!!」


寝起きで、さっぱり状況が掴めないでいると、娘は続けた。

娘「ママが髪切ったの、娘ちゃんが教えてあげたんでしょうがっ!!」


・・・・・・。


「うっ、うっ、裏切りものおぉぉぉーっ!!」


娘は謎に憤り、
僕は叫び、
息子は静かに、僕の手首におもちゃの手錠をかけた。

「・・・・・・息子よ、お前もか」


呆れた顔の妻を横目に、僕は押し入れの中へと連行された。
正直に生きよう。
押し入れという牢屋の中で、僕は思った。(誓ってはいない)




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