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【映画所感】 ザ・ホエール ※ネタバレなし

嗚咽が漏れて、立ち上がれない。

−−−不覚。

体重272キロの男、チャーリー(ブレンダン・フレイザー)に感情移入してしまったから?

−−−断じてちがう。

失われた家族の絆、再生の物語?

−−−そんな安っぽいものじゃない。

ただただ、“言葉の力”に圧倒されただけ。

それだけ。

常軌を逸した肥りかたをしたチャーリー。

彼の日常生活は、リビングのソファの上ですべてが完結する。

英語講師のチャーリーは、オンライン授業で学生たちにエッセイ(文章)の書き方を教え、生計を立てていた。

一日中、ソファから動かない(動けない)姿は、隠したまま。

本作の舞台は、アパート2階の角部屋。

自分の住処で、“待ちの姿勢”を貫くチャーリー。

それはそうだ、動けないのだから。しかも、2階って…

訪ねてくる者たちによって、日常に変化がもたらされ、チャーリーの気持ちは凪いでいく。

しかし、心臓に絶えず強烈な負荷をかけながらの生活は、とうとう限界を迎え、訪問看護(介護)のナースに、余命幾ばくもないことを告げられてしまう。

チャーリーは最期に、8年前に生き別れとなった娘に会い、贖罪の気持ちを示そうとするが…

精神疾患

離婚問題

子育て

同性愛

新興宗教

健康保険制度etc.

アメリカに巣食う病理、ひいては現代社会の不健全さが、アパートの一室を我がもの顔で闊歩していく。

動けないチャーリーを尻目に。

ゴールデン番組で度々紹介される、重度の肥満症に悩む人たちのための減量プログラム。

とくに胃を半分に切除する手術などは、患者のその特異な体型とともに、センセーショナルに扱われる。

本作『ザ・ホエール』に触れたことで、バラエティ番組に出て、自らをさらけ出せるような人は、本当に鋼のメンタルなのだと理解できた。

あるいは、経済的な困窮度合いが本人の想像を超え、提示された報酬の前に冷静な判断を失い、思わず出演を承諾してしまったのかもしれない。

いずれにせよ、普通はチャーリーのように、誰の目にも触れさせたくないだろうし、己の存在を消してしまえたらと願っていてもおかしくはない。

誰よりも自分のことを“おぞましい”と思っている男。

客観的に判断できたはずなのに、垂れ下がった肉襞のあいだにカビを発生させるまでに、自身を肥え太らせてしまう。

本編では、なぜ過食に走ってしまったのかを語り、制御の効かなくなった人間の心の奥底がつまびらかになっていく。

“自業自得”だと切り捨ててしまっていいのか?

チャーリーの問題は、誰の身にも起こりうる。例外はない。

人はみな、“紙一重”で生きているのだ。


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