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【映画所感】 ラストナイト・イン・ソーホー 〜ほんの少しだけネタバレかな?〜

カルト的人気を誇った2017年公開の映画『ベイビー・ドライバー』の監督、エドガー・ライトの新作『ラストナイト・イン・ソーホー』。昨今流行りの“タイムリープもの”だという情報だけは事前に仕入れていたが、まさかこのような展開になるとは……。

時代を超えてリンクする少女たち二人。彼女たちの魅力が、ジャンルムービーの垣根を軽々と突破する。摩訶不思議な物語の主人公、エロイーズ(トーマシン・マッケンジー)とサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)が、ポップカルチャーの最先端を走っていた、1960年代のロンドンへと誘ってくれる。

イギリスの片田舎でファッションデザイナーにあこがれるエロイーズ。演じるのは、吸い込まれそうな碧眼に魅了されること必至なトーマシン・マッケンジー。

今夏に公開されたM・ナイト・シャマラン監督のサスペンス・スリラー『オールド』にも出演していたはずなのに、本作『ラストナイト・イン・ソーホー』を鑑賞するまで、まったく記憶の片隅にも残っていなかった。我ながら情けない。

しかし、本作では“女子力”フルスロットル。オープニング、新聞紙で自作したドレスを纏い、60’sポップスをBGMにダンスするシーンを観ただけで、身も心も持っていかれる。将来に希望しかない溌剌としたティーンエイジャーの清々しさが、過ぎ去りし青春の日々を想起させてくれ、なんだか少し気恥ずかしい。

服飾専門学校に見事合格し、ロンドン中心部の歓楽街“ソーホー”に赴くことになったエロイーズ。デザイナーになる夢を叶えるための船出は、順風満帆に思えたのも束の間……。

一人暮らしを始めた屋敷の間借り部屋で、エロイーズが潜在的に持っていた特殊能力がさらに開花。1960年代のロンドンで、同じく歌手としてエンタメ界での成功を夢見る少女、サンディと突如意識がシンクロ。タイムリープというよりは、現代と60年代の平行世界=パラレルワールドを、サンディを媒介にしてエロイーズが行き来しているような印象。

エロイーズが時代を超えて共鳴する重要な役どころ、サンディを演じるのは、昨年Netflixで話題をさらったドラマ『クイーンズ・ギャンビット』でも主演を努めていた、アニャ・テイラー=ジョイ。

トーマシン・マッケンジーが、正当な美少女といった位置づけならば、こちらはコケティッシュな魅力が炸裂。猫の目を思わせる大きな瞳は、60年代の男どもに限らず、現代人をも惑わす力を十二分に備えている。

図らずも、憧れつづけた60年代のファッションや音楽、ショービズの世界を、エロイーズはサンディの目を通して否が応でも体験させられる。

華やかに思われたその世界の裏の顔は、搾取する側と搾取される側の理不尽なまでの主従関係。権力を持った男たちのグロテスクな欲求が、表舞台を夢見る女性たちの尊厳を容赦なく奪っていく。

#MeToo運動のはるか昔。半世紀後に訪れるささやかな意識の変化など、今、目の前に突きつけられた悪魔の契約の前では、何の効力も発揮しない。もちろん「全力で逃げてー」のエロイーズの叫びもサンディには届かない。

60'sのポップカルチャーを巧みに紹介しながら、当時から現在まで連綿とつづく性暴力とそれにまつわる社会の認識の甘さを、ホラーテイストまで加味したサスペンスで仕掛けてくる贅沢さ。

ともすれば、何がしたいのか散漫な印象を与えてしまいかねない映画だ。しかし、そこは手練れのエドガー・ライト。自身も強いあこがれを持っていたという60年代ロンドンの風俗を見事に再現してみせながら、きちんと一級のエンタメ作品として提示してみせる。もちろん問題提起も忘れずに。

使用されている楽曲一つ、衣装一つとっても非常に情報量の多い作品。一度鑑賞しただけでは、全体像の上澄みくらいしか理解できないかもしれない。

自分の中で、エドガー・ライトは中毒性の高い監督だと、あらためて認定させてもらった。タランティーノと並んで、新作を待ちわびる監督がまた一人増えたことは、喜ばしいかぎり。


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