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「メタバース」人類破滅の妄想世界を50年以上前に描いた恐るべき手塚治虫の先見性を刮目せよ!

今回は手塚エロティックナンセンスの傑作「上を下へのジレッタ」をお届けいたします。
これは凄まじい作品ですよ

ズバリ!
今から50年以上も前に「メタバース」の世界を描いていた問題作です。
正直ぶっ飛びすぎていてちょっと引いちゃうんですけど
今読めばその世界観が理解できるかと思います。

時代を先取りしていた手塚治虫が描くマスコミや芸能界、
そして人間の欲望を痛烈に風刺した本作は
大人のブラック、エロティック、ナンセンスを盛り込んだ大人手塚のまさに大傑作。

今回はその作品の魅力をたっぷりとご紹介いたしますので
ぜひ最後までご覧頂ければと思います。


それでは本編行ってみましょう
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本作は1968年08月から1969年09月に
「漫画サンデー」にて連載された作品です。

あらすじは
あるとき、売れないマンガ家「山辺音彦」が仮死状態で発見されます
その男を診断した医者は聴診器をあてがうと
精神が恍惚状態に陥ってしまいました。
どうやらこの山辺音彦が作り出す特別な超音波が他人の頭の中に入ってしまうと彼が作り出した妄想世界に引き込まれてしまう事が分かります。

「山辺音彦」の思い描く妄想世界とは空を飛べたりお金が空から降ってきたり女だらけで欲求不満の願望を叶えてくれるまさに夢の世界でした。

そこでこの能力を利用しようとする男が現れるんです。
それは元テレビの売れっ子ディレクターだった門前市郎

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(舞台化されています)

この妄想世界に大勢の人を引き込んでしまえば「素晴らしいエンターテイメント」ができる。
そう考えた門前は
最初はメディアだけでの利用のはずが徐々に政府との癒着関係ができ、
ついには国家をも巻き込んだ展開に発展していきます。

刺激を求めた末に辿り着いた暴走した仮想現実
人類を操作、洗脳しようとした先に待ち受ける世界の破滅
さぁ一体このあとどうなってしまうのかというのが大枠のあらすじであります。

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本編ではこの妄想世界のことを「ジレッタ」と呼んでいるんですが
手塚先生はこの「ジレッタ」という名称について
「特に意味はなく強いて言えばディレッタントの略でしょうか」
と記しています。

ディレッタントとはイタリア語で「うわべだけの知識」という意味だそうで
意味はないと言っていますが本編はまさにこの「うわべだけの」世界が展開していきます。

わずか2巻しかないページ数ですが
展開が早くポンポンとストーリーが展開していきます。

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とても一度の紹介では語り尽くせないスケールと魅力に溢れているので
前半の「椅子から転げ落ちるほどブサイクな女性が空腹時だけ絶世の美女になる」という設定とか面白い見どころもあるのですが、あえて今回はバッサリカットして後半の「妄想世界」について集中してご紹介していきたいと思います。


改めて本作は一人の男が作り出した妄想世界を中心に物語が進みます。
男が描く「妄想世界」なので基本的にエロいです。
本能むき出し、欲望むき出しで女性の裸ばかり出てきます(笑)
(ちょっと見せられませんがとんでもない世界です)
これぞまさに男の妄想の世界って感じなのですが
これをエンタメ化してのし上がってやろうとする男が現れます。

それが本編の主人公、門前市郎


元々売れっ子ディレクターだったのですが演出した番組がエロすぎるってことで抗議の電話が殺到してTV局から締め出しを喰らっていた男です。
ですがこのジレッタの事を知り、これを利用して再度業界に一泡吹かせてやろうと企み世界を狂気に巻き込んでいくというストーリー。


本作の注目は何と言ってもこの「ジレッタ」という設定です。
妄想世界、仮想現実に入り込むというまさに今でいう「メタバース」の世界そのものであります。

これ今でこそ「ふうん」って理解できますけど
当時は相当ぶったまげた設定でした。
理解不能といってもいいじゃないでしょうか

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50年以上も前に「妄想を共有」するっていう発想がエグいしエロい。

そして作中で門前が興味深く核心を突いたセリフを放っています。

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「日本でテレビを見てねぇやつはどれだけいる?
いまにテレビはラジオと同じに空気みたいな存在にならアね、
次に来るものは何か?
大衆はもっともっとあくどい刺激のものを欲しがるぜ!
そうだ…その世界へ自分ごと飛び込めるような刺激を欲しがってらぁ!
それは何か…?
「ジレッタさ」

どうですか。このセリフ
とてつもなく恐ろしいセリフです。
1968年ですよ。


この時代は日本中がテレビに夢中になっていた時代
そんな時代にその次の世界を想像していたすごさ。
これはえげつない所業ですよ。
あの「全員集合」ですらまだ放送されていませんからね

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(参考までに1968年の千住界隈)

今に置き換えたらスマホの次の次を想像してるような感じでしょうか。
50年後の未来を予測するすごさですよ。
上記の時代にメタバースの想像ってマジであり得ん!

そして大衆の欲望がどんどんエスカレートして刺激を求めついには
その思い描いた欲望の世界に飛び込んでいけるなんて発想
当時で想像できます?


もう一度言いますがまだテレビの全盛期前の時代ですよ。
発想が突き抜けすぎててもはや変態の領域です
まさに変態が芸術になった凄まじい世界観
当時この世界観を描けるのは手塚先生しかいなかったでしょうね

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そして本作ではその「妄想世界」ジレッタを利用してどんどん世界が破滅に向かっていきます。
現実が妄想世界に飲み込まれていくんです。

そこには妄想世界、仮想世界を扱う危険性、そこに暴走する人間の欲望が
ブラックにエロティックに描かれていきます。

そしてあとがきにこう記しています。

「ジレッタのようなメディアを国家権力が利用した場合、
いかなる恐るべき事態が発生するか、
そしてそれはごくひとにぎりの側近のエゴイズムでおこるのだという寓意を読みとっていただければ幸いです。」

手塚先生が描きたかったのはどこまでいっても満たされない人間の欲望
そしてマスコミやメディアが進み過ぎるととんでもない事になると…
これを高度経済成長真っただ中にあってゴリゴリに皮肉ってくるとはめちゃくちゃ恐ろしい。

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人類滅亡のテーマは手塚治虫の原点とも言えるテーマですが
この時期からすでに、
物質的な価値から精神的な価値観への移行を想像していたのはもはや異常
満たされない価値観
「虚構」と「現実」の狭間に狂う進んだ文明への警告
想像をはるかに絶している手塚治虫の発想と変態性です。

そして2022年
この現実離れした世界観がいつの間にか現実になりつつある時代
ボク、スピルバーグの描いた「レディプレイヤーワン」という映画が大好きなんですけど
まさにその世界
そう遠くない未来に実現しちゃいそうですよね

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そしてこれらを見ていると良い未来が訪れるかのように見えちゃいますが
「上を下へのジレッタ」の結末は、世界の破滅です。
手塚治虫が用意した結末は人類の滅亡。

このタイトルがどういう「意味」なのかもラストになって分かります。
ここではご紹介しませんのでぜひご自身の目でみて頂きたいと思います。

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その「ジレッタ」の単行本ですがぜひ「完全版」をおすすめします。
「人間ども集まれ!」と同様、通常版と違うエンディングも収録されており
単行本版と連載版を同時掲載するという使用になっており大ボリュームの逸品です。

なにより解説人ラインナップがすごい。エグイ。

太田光 (爆笑問題)・香山リカ・小松左京・筒井康隆・豊田有恒・辻真先・二階堂黎人・吉田豪・竹内オサム・中野晴行・喜国雅彦と超豪華です!
ちょっと理解しがたいほどの作家たちがコメントを寄せており、これを読むだけでも十分価値があると思いますし、それだけこの作品が凄まじい影響を与えてきたのかの証明でもありましょう。
これはまさに一読の価値ありです。マジで。

前回ご紹介したナンセンス大人マンガ「人間ども集まれ」と併せて手塚治虫の描くブラック大人マンガ堪能してみてください。

その他大人手塚のナンセンスマンガ
下品なものもあるので抵抗ある方もおられるとは思いますが
「全裸が当たり前の世の中になった世界」とか
「毎日7人の女性とXXXしないと爆発する男」の話とか
「世界中の女性が欲情して男たちをXXしまくるカオス」なお話とか
とかくぶっ飛んだ設定の作品が多いので手塚治虫の見た事ない一面をご覧いただけるかと思います。


とうわけで「上を下へのジレッタ」お届けしました。
児童マンガ家の顔して、猛毒をまき散らすド変態作家の大人マンガ
ヒューマニズムなんかクソくらえと言わんばかりのアダルトな傑作
ぜひ一度ご覧になってみてください。



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