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ドストエフスキーの全ての長編を1本の短編で読める「おかしな人間の夢」

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 まちがいなく近代で最も偉大な人物の一人はドストエフスキーです。神経質で、頭が良くて、世界に反骨精神をもった人物がやたらと出てくる小説を書いた人でした。
 ドストエフスキーには「地下室の手記」「罪と罰」「白痴」「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」の他にも、沢山の文学史にのこる名作があります。ではドストエフスキーの書いた小説とはどのようなものなのでしょうか。ロシア人の作家が作ったフィクションで、長くて重苦しいテーマを取り扱った、暗くて深い世界の御伽噺でしょうか。
 小説作家にはそれぞれ独特の世界観を作り出す腕がありまして、ドストエフスキーは廃り消えない世界観と堕落しきらない人間観を作り出す作家でした。世界の中で細く長く生きる人々を土台に、ドストエフスキーは主人公をある決まった流れに投じます。その流れを泳ぐ主人公の話しが物語になっているのが「おかしな人間の夢」です。ロシア人のミハイル・バフチンは「おかしな人間の夢」を「ドストエフスキーの百科事典」と紹介しています。
 おかしな夢を見る男は自殺を意識しながら生きています。男は誰からも理解されず、誰とも心を通わせられず、誰にも本心を聞いてもらえませんでした。というのも男は自意識が高すぎるあまり自分を律し過ぎてしまっていて、絶対的な自我を薄めてまでして曖昧な世界に自分を溶け込ませることを拒んでいたからです。
 いつしか男は自分を跡形も無く消し去る死に方だけが、他者との軋轢から自らを救出することができる唯一の方法だと思い込んでいました。ついに自殺を試みた男は、しかし不思議な夢を見ます。男が死者と同じように埋葬される夢です。
 土の中で朽ちた男は神に連れ出されて地球を飛び出し宇宙の果てにある楽園に向かいます。そこは清らかな魂をもった人達が調和しながら暮らす平和な星で、罪も不浄も咎も罰もありませんでした。しかし男が星に辿り着いてから人々は騙し合いを覚えた途端に堕落し始め、地球の人間と同じように醜く争うようになりました。
 生まれてはじめて知った清らかな世界とそこに暮らす清らかな人達に感動していた男は、絶望する星の住人に殺されかけて夢から覚めました。男は、自分が見たおかしな夢に決断させられて、幸福な世界を目指して世界と人のために生きることを決意します。
 男はドストエフスキーの目指す信仰を超えた自我を手懐け、自救自息の境地に辿り着き、世界との関わり合いをやり直すことができました。キャラクターの決断と意志は誰からも、何からも、作家自身の決定よりも優先されて守られています。それなので、わたしたちがそうあって欲しい人間の創造神の心が作家活動に表れているドストエフスキーは作品で人を感動させてしまいます。

「ドストエフスキーФёдор Миха́йлович Достое́вскийの全ての長編を1本の短編で読める Сон смешного человекаおかしな人間の夢」完

©2024陣野薫


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