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氷菓/米澤穂信〜読書感想文〜

岐阜県のとある進学校・神山高校。
珍奇な部活が多く、毎年の文化祭に全力を入れている、曰く"普通の学校"。

特別棟4階の端にあるのは古典部部室

4人の高校1年生が、今日もここを舞台に
薔薇色か、あるいは灰色の高校生活を謳歌する。

やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に。

上記をモットーにかかげるのは
主人公・折木奉太郎
同校の卒業生でもある姉・折木供恵の勧めで、古典部へ入部することとなる。

中学時代からの親友・福部里志
小学生からの腐れ縁・伊原摩耶花
古典部員にして神山名家の娘・千反田える

趣味も個性もでこぼこな4人組での部活動生活がはじまったのだった。

あるとき、奉太郎はえるから相談を受ける。

「わたしが伯父から、なにを聞いたのかを、思い出させて欲しいということです。」
氷菓・P77より

わたし、気になります

えるには、自分がとても懐いている伯父がいた。自分が幼稚園児だったころ、伯父が「コテンブ」に所属していたことを知る。

いつも優しく、どんな質問にも答えてくれた伯父が、「コテンブ」についての質問にだけは答え渋った。駄々をこねてやっと聞き出したその答えに

当時のえるは、泣いた。
驚いて母親が飛んでくるほどに大泣きをした。
伯父は、そんなえるをあやしもしなかった。
さらに伯父は、7年前からマレーシアにて行方不明となってしまう。

そんな『一身上の都合』を抱えたえるは、伯父の身になにが起こったのか、なぜ自分が泣いたのかを知るために、神山高校に入学し、古典部員となる。

目の前の問題に、自分が想像もつかなかった結論を出していく奉太郎を見て、えるは思った。
「折木さんならわたしを答えまでつれていってくれると思うのです」

歴史ある古典部の真実

古典部が過去に執筆していた文集、『氷菓』。
その第二号巻にて、三十三年前の文化祭が行われた日、えるの伯父の身になにかが起こったという事実がわかる

かくして奉太郎、える、里志、摩耶花の古典部全員にて、三十三年前の古典部を、神山高校を探ることが最優先課題と相成ったのだ。

それぞれに集めた資料を持ちよって、千反田家にて舌戦が繰り広げられる。

いくらかの疑問を残しながらも、徐々に真実に近づいていく4人。
悲しくも勇ましい伯父の過去を知ることで、4人は文集・氷菓の本当の意味を知ることになる。

おすすめポイント

上記の4人それぞれの得意分野を活かしての検討会シーンは、私としては氷菓屈指の見どころである。

強い閃きを持つ奉太郎
五感に長け、場を収められるえる
データ収集に秀でた里志
現実を見て地に足をつけた意見を持つ摩耶花

三十三年前の文集と、えるの伯父になにがあったかという共通の事柄について語っているにもかかわらず、多種多様な意見や発言が出て、なおかつお互いの考えをぶつけ合える様子から、それぞれがいかに知性を持っているかがわかる。

いわゆるインドア派な4人であるが、彼ららしい薔薇色の青春を送っているような、そんなワンシーンだ。

番外編その1〜人が死なないミステリの代表作〜

いわゆる「日常系ミステリ」と言われる、人が死なないミステリの代表格といえよう。

人が死なないミステリほど盛り上げるのが難しい作品はないのではないか、というのが私の意見だ。

「館に閉じ込められた!!」
「くそっ、電話線も切られてるしスマホに電波がはいらない!」
「この嵐で、警察は3日は来られないってよ!」
「殺人犯と一緒になんて寝られねえ!おれは1人で寝るぞ!」

と言ったお決まりの展開を使うことができず、なによりトリックや動機の開示などの典型的な盛り上がるシーンを作ることもできないなど、不利な点が多くあるように思う。

しかし氷菓もとい古典部シリーズに限らず、米澤穂信さんの作品は常にかなりのスリルや疾走感を味わえる。

氷菓でいえば「えるの伯父になにが起こったのか」という大きな題材が一貫してあるなかで、小さな謎が合間合間に少しずつ散りばめられている。

一見関係なさそうなその小さな謎が、実は大きな題材を解決するのに一役かっており、忘れた頃になって大活躍するのだ。

大きな山を登る途中で小さな山をいくつも超え、たどり着いた頂上から通ってきた山道を眺めるとまさに絶景である。

常に飽きさせないこの手法は、米澤穂信さんの圧倒的な技術力の1つだと考えている。

番外編その2〜細やかな時代背景〜

氷菓と聞くと、京都アニメーションでのアニメを想像する方も多いだろう。10年経った今でも、1番好きなアニメとしてその名前をあげる人が後をたたないほどの人気作だ。

作画の美しさや声優の名演技もさることながら、時代背景を細かく描写していることに私はとにかく感動した。

原作、氷菓の舞台が2000年。
アニメ、氷菓の放送が2012年。

十二年の差があることから、アニメ版では三十三年前の出来事ではなくプラス十二年の四十五年前の出来事となっているのだ。

さらに、アニメの里志はなんとスマホを使用しており、公式にスマホで4人の自撮りをしている描写もある。

おそらく2012年当時でも、スマホを持っている人のほうがあきらかに少なく、ちょうどガラケーからスマホへの移行期だったように思う。

時代の先取りをしているところがまさしく里志らしいところにも好感が持てる。

氷菓自体は200ページほどで終わる短めの作品であり、アニメを見てもかなりの満足感が得られる。

古典部シリーズの世界に入り、そこをきっかけに、日常系ミステリの素晴らしさに触れることもできる作品であると考えている。

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