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そのバトンはイギリス由来

優子が受け取ったバトン

血縁がなんだと言うのか

「そして、バトンは渡された」(瀬尾まいこ著)を読んだので感想を書く。最近は人に勧められて本を読むことがある。現代の小説はこれまでも好んで読むことはなかったので新鮮だ。
 主人公の優子には母が2人、父が3人いる。血縁はもちろん1人ずつ。死別からの再婚離婚を繰り返し、血縁のない両親を持ったり、血縁のない父子家庭となったりと、複雑な家庭環境である。
 新しく親になる人たちは誰もが優子を愛していた。よりよい親であろうとした。そしてその愛情の示し方がそれぞれ違うところがまた面白い。
 優子もまたよい子であろうとした。行儀が良いともいえるが、甘えるのを恐れている節もある。
 家族の関係について考えさせる内容だ。優子自身は、親となった人や、そに近い人たちから多くのやさしさを受け取った。それは優子自身の人格を形成している。誰の影響かわかりやすいように書かれているのが上手さだと思う。
 優子は様々な人から、そう、血のつながりのない大人たちから、様々なものを受け取っていたのだ。それこそがバトンであり、優子自身もまた、今後の生活の中で、バトンを渡すのだろう。バトンを受け取っていることを自覚する物語である。
 家族の関係は血縁ではない。書類上のものであり、また、愛情によるものでもある。親から子に伝える。そうではない。大人が子どもに伝えるものがある。それは遺伝子ではない。ということで、環境因子強めな話である。

梨花さんの教え

 優子の2番目の母親は「梨花」という。これが明るい人物で、抱えている秘密が物語後半で明かされるが、とても魅力的である。いつも笑顔でいることが生きるための秘訣らしい。しかも「つらいときはそれなりに」である。わがままで、落ち着きがなく、金銭にだらしないのだが、愛嬌のある人物である。とても強い女性だ。
 どんな辛い状況でも、楽しく生きるために工夫を凝らす。誰かを攻撃せず、他人の手を借りながら、楽しく一生懸命に生きる。そのために笑顔が必要だということなのだろう。つらくても、前向きに生きようとする強さを持っている。そこに魅力を感じる人物だ。

ソリダスが渡したかったバトン

命のバトンを渡せない我々は何を残せばいいのか?

「バトン」と言えば、「メタルギアソリッド2」のボスであるソリダス・スネークのセリフを思い出す。彼は命のバトンを渡せない。だから、歴史に名を残すのだと息巻いていた。
 このゲームの中でも「何を伝えるか」が話題になっていた。遺伝子を残せないなら何を残せばいいのか。
 ソリダスの答えは、人を無視したもので、社会を相手にしている。血縁こそ親子の関係であると思っているのである。だから、ジャックを育ててもなお、愛情を与えることができなかった。
 よい親になろうとしなかった。それでは、伝えられるものも伝えられない。もちろん、彼には出自に関する不幸もあるのだが、反乱を画策する前の彼に、「そして、バトンは渡された」を勧めたい。きっと少年兵たちに愛情を与えられたに違いない。

ソリダスから受け取ったバトン

 メタルギアソリッド2の主人公ジャックは、ソリダスに育てられた少年兵の1人である。ジャック以外にも少年兵はたくさんいたが、主人公の立場にまで落ちぶれたのはジャックだけだ。ジャックだけは、自分の過去とまともに向き合わずに生きてきた。ジャック以外の少年兵たちは、過去と向き合い苦しみながらいきているらしい。そんな中、少年兵として戦場で優秀だったジャックは、過去を忘れて、現実逃避して生活していた。
 愛を受け取らなかったからだ。後に、ローズの愛情を受けることで、ソリッド・スネークの影響もあって、過去と向き合うことができたが、それまでのジャックは他人と深い関係になることを拒んでいた。
 これがバトンでなくてなんだろうか。少年兵を育てたソリダスは、愛情を注がなかった。親代わりであるソリダスは、少年たちと深い関係になろうとしなかった。あくまで上司と部下として、心理的な距離をとって接したのだろう。その性質はジャックにも、しっかりと受け継がれたのである。そしてジャックは、親であるソリダスと同じように、他人と深い関係になろうとしない。
 ソリダスは、遺伝子情報を残せないかわりに、名を残そうとしていた。しかし、その性格や考え方による行動は、無自覚の状態で子どもに伝えられていたのである。バトンは渡されていた。ジャックはそして、サニーにバトンを渡してしまったのか。

いつでもスマイルしようね

「スマイル」

「スマイル」はホフディランが1996年にリリースした楽曲。2020年に森七菜がカバーしてYouTubeに動画が上がっている。この曲を知ったのは、「ゆる言語学ラジオ」というYouTubeチャンネルを見たからだ。
 いいセンスだ。まったく。

イギリス紳士の精神stiff upper lip

「かわいくスマイルしててね。人間なんかそれほどきれいじゃないから」という歌詞にも表れる考え方は、イギリス紳士のものだと堀元氏は言う。それならば、梨花さんもまた、イギリス紳士である。
 どんな逆境だろうと、感情に左右されず、悠然と構える。しかも愛嬌を振りまくのである。とんでもないことが起きても笑っていられるのは、精神的に無理をすることでもあるだろう。できるのは強い人だけだと思う。
 イギリス紳士はそうありたいと願い、梨花さんもまた、そうあってほしいと優子に教えた。梨花さんは、「スマイル」のファンか、はたまたイギリス紳士にバトンを渡された人物なのである。

おわりに

 久しぶりに感想文を書いた。読書の楽しみの1つは構造化だ。他の作品との類似点、共通点、相違点を対照することで明らかにし、読みを深めることができる。無論、独善的になることもある。読み手の知識によって、読み方が変わるのは当然だろう。平均的な読みはある。だが、唯一の正しい読み方などない。そんな読者の目にさらされながら、普遍的な価値を持ち続けられるものが名著と呼ばれるものだ。
 瀬尾まいこしから勝手に渡されたことにしているこのバトンを、さて誰に渡すことになるだろうか。

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