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とある年のお盆の話

海のそばで育ちました。早朝の汽笛の音を覚えています。
しんと静まり返った夜に聞こえる波の音も。
霧が立ち込める日は、磯の臭いが広がります。
そして気づくと、大体の鉄製品が錆びています。
8月の今頃は、海水浴客の歓声が家に届いたものですが、今年はどうなのでしょうか。だんだんと白浜が波に侵食され、わずかに残っていた土産物屋もなくなり、子供の頃に見ていた風景とはずいぶん変わってしまいました。
小学校の教室の窓からは海が見えました。真面目に授業を受けていた子供だったはずですが、思い出すのは蜃気楼が出現しないかと妄想しながら海を眺めていた記憶です。

あまりはっきりとは昔のことを覚えていない性質です。
それぞれ別の友人に、15年程前のとある出来事を語られましたが、最初はそれは別人の話だろうと否定したほどです。友人の出産祝いに出かけた話と、友人と旅行に行った話という、かなりインパクトがあるエピソードにも関わらず、真っ向からそれは自分ではないと否定した阿呆なのです。
なので、これから書く昔の記憶は、自分の中では確かで、暗く鮮やかな緑色の森の風景も覚えているのですが、一緒に体験したはずの家族は、いかんとも言い難い反応しかしないので、夢の出来事なのかもしれません。

時期はお盆。
私はおそらく六つか七つ。末の弟が歩けずに抱っこされていたので、それは間違いないと思います。
母方の墓参りに行きました。山の上にあります。そんなに高い山ではありませんが、山からは町が一望でき、海も見えます。
普段は、車で山の中腹にあるお寺まで行くのですが、その日はなぜか下から徒歩で登ろうということになりました。
その道が、問題でした。
私の父は、渓流釣りが趣味で、山登りも好きな人です。
その人が「獣道を行こう」と言ったのです。
父と母と、私を筆頭にした幼子四人。そんなに大した山ではなく、丘のようなものとは言え、赤ん坊もいるのにと今なら思います。
しかし、その時の私は「けものみち」という言葉にどきどきと興奮して、全く嫌ではありませんでした。
ただ、そこからの記憶が一部ははっきりとしているのに、全体像としては曖昧なのです。
木が生い茂って薄暗く、枝葉の間から光が差し込みます。地面は落ち葉でふかふかしています。最初は普通の山道だったはずです。
しかし、登っていくほどに、本当におかしな記憶なのですが、木に登っているのです。一つの木に登ったら、その木の枝を伝って、次の木に移る。それを繰り返して進みます。
木の枝は陰影のせいで真っ黒にも見えました。とても太く、大人もしっかり乗れて踏ん張れるくらいです。枝を移るときに、指示を出してくれた父の姿も思い出せますが、私は泣きそうになっていました。こんな大変な道だとは思わなかった。木の枝伝いに行くなんて無理だと。
そして、「ああ、獣道と言っても、鳥用だったのか」とするりと納得するのです。
なぜか、カラスの道のような気がしていました。
後年、その時のことを思い出すたびに、天狗の道だったのではないかと感じます。
そして、気づくといつものお寺の前にいました。
よかった、無事についたと安堵しました。
いつものように墓参りをしました。

何度かこの不思議で大変だった墓参りのエピソードを家族にしてみるのですが、徒歩で登ったことがあることは同意してくれるものの、木の枝云々の獣道に関しては返答が曖昧です。
私だけが見ていた夢のようなものかもしれません。
大人になって、ひとりで下から登ってみようかと思ったこともあるのですが、その時には道路がより整備され景色は変わっていました。

おちのない黒と緑の記憶です。
太い枝の上に立つ父と、その父へ、抱えていた赤ん坊の受け渡しをする母の姿もなんとなく思い出せるのに、そんな風景は本当にはなかったのかもしれません。
とても怖がりで、臆病な子供だったのですが、この記憶は怖いというよりも、鳥の道は人間が行くものではないということを実感した貴重な体験になっています。人はせいぜい四つ足の動物の道を通らせてもらうのがよろしいというような。

もうすぐお盆ですね。この時期の体験を思い出しながら書いてみました。お盆にまつわるエピソードはいくつかあって、身体が重くて大変だった年もあれば、後ろ脚の動かない子猫を拾った年もあります。
さて今年のお盆ですが、お爪屋さん瑞花は、休まず営業いたします。
手と足の爪のお手入れ、いかがでしょうか?
みなさんがお持ちの不思議な話、怖い話、聞かせていただければ嬉しいです。

お爪屋さん瑞花 白圡幸恵
HP→こちら








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