QQQ<精神科病院R&D担当>

自分の人生って、自分が決めるんだなー ってのが、本当に分かったあの日から すごく楽に生…

QQQ<精神科病院R&D担当>

自分の人生って、自分が決めるんだなー ってのが、本当に分かったあの日から すごく楽に生きれるようになった。 全てが自分の責任だって分かれば 人を責める事なんてないから。

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人の役に立つ

どうも 元刑務所勤務 現在は 精神科病院勤務 専門学校外部講師脳神経学 を、担当してる者です ニーチェは言った と なるほどなー 僕も日々様々な経験値を重ねる事で この言葉の聞こえ方が変わってきました 依存症の部門があるんですが そこの1部には 教員やら教授やらも多いのですね あるあるパターンとすれば 現役を引退されてから なにもやることがなくなり 朝から酒に走ってしまい 抑制するブレーキも失い ついには精神科に入院となる  その昔から言われてる事で言えば ㊚は

    • ぶっちゃけ1番大事やったなと 現時点で実感するんは 場数。 場数に限る… 人前で講義した回数なんて数えきれんが 1月50回以上やってりゃ そりゃ上手くもなるし 自然に色々と分かる やるか?やらんか? これだけ やってる人は気づく やってない人は気づかない それだけなんよ

      • 職場も旅行先も

        年功序列って言葉はあまりにも使われるもんやから まるで 日本=年功序列  っぽくなってますが 高度経済成長期以前にそんなSYSTEMなんてありませんよね そう、年功序列は日本の伝統ではないのです ちょい前に大成功したように見えたsystemっていうだけなのです 例えば伝統で見れば 歌舞伎役者の世界は年功序列ではない 序列を決めているのは あくまでも基本軸は<実力+人気>です それもないのに時間が経過すりゃ勝手に大物・・にはなりません 年功序列は 全員が同じ時間系列で近代教

        • 大人になるほど 関わる人は大事になる 人は身近な人間からは無自覚でも影響を受ける生物。 誹謗中傷、愚痴、不平不満、文句 の中にいれば 気がついたら自分も溺れてるモノ あなたを笑顔にさせてくれ 生命を溢れさせ 前向きに元気にさせてくれる そんな対象を 心より大切にしてください

        • ぶっちゃけ1番大事やったなと 現時点で実感するんは 場数。 場数に限る… 人前で講義した回数なんて数えきれんが 1月50回以上やってりゃ そりゃ上手くもなるし 自然に色々と分かる やるか?やらんか? これだけ やってる人は気づく やってない人は気づかない それだけなんよ

        • 大人になるほど 関わる人は大事になる 人は身近な人間からは無自覚でも影響を受ける生物。 誹謗中傷、愚痴、不平不満、文句 の中にいれば 気がついたら自分も溺れてるモノ あなたを笑顔にさせてくれ 生命を溢れさせ 前向きに元気にさせてくれる そんな対象を 心より大切にしてください

          男女びょーどー?

          精神科 専門学校外部講師 など勤務中 脳神経学を軸にしてる者です  男女平等とかってのが 令和では少しパニックのように みんなが謳ってます 男性、女性 という前提で議論する時点で もうその話は平行線でまとまらず さらなる分断を生むだけなのは わかりますよね 女は女らしく と言われてきましたが 男は男らしく とも言われてきました 女性は家事、育児 みたいな文化がありますが 男性は力仕事、戦争の駒 みたいな歴史がありますね ってことで 男性女性で差別がなんじゃと議論すれ

          生きてるって何

          ども 精神科勤務 専門学校外部講師脳神経学やってるもんです カウボーイビバップというアニメ 主人公スパイクのセリフで 大好きなのがあります いやぁ かっこいいセリフやな 人間にとって 生きている ってどういう状態の事を指すのでしょうかね まあこの問いには十人十色 人間の数だけ答えがあるでしょう 昔RPGのGAMEで 強烈に残ってるセリフが 当時は小学生くらいやったかな? このセリフ聞いた時は 考えさせられましたね 死んでないだけ………(゚∀゚)  生きてるなー

          始めるから、始まる

          始めるから、始まる これが本質 運動会のリレーで 前日は走るのが嫌やったり 転けたら恥ずかったり 足遅いから…と悩んだり しても よーいどん! の合図で走るから 全てははじまる 結果、 客がいる環境で走れるなんてのは いいもんである事に気づいていくモノよ 大人になってみりゃ 金出してフルマラソンなんかに応募するか プロの選手でもなけりゃ 自分が走ってるのを客が応援してくれるなんて経験はできない でも小学校の運動会なんかでは 無条件でその経験をさせてもらえるものよ 嫌

          仕事。

          仕事ってのは ほんまに素晴らしいモノやと思うのですよ 嫌嫌行ってる人なり 苦痛なり 面白くないなんて人に 必要なのは アルコールでも ジャンクフードでも ギャンブルでもない その思考過程じゃないかな と考えます 仕事を嫌嫌ながら行って 休日はそのストレス解消にお金と時間を使う それ、いつまで繰り返すのでしょうか 時間は有限であり 命と同義です その時間の使用は 我々個人に託されているのです 仕事というのは我々の背骨である。 というのはニーチェのセリフです まさに

          本質は変わらん

          骨粗鬆症の患者さんは増える一方な昨今 そもそも って感じ まあ誰もがこんな 0か100かみたいなわけはなく この間をいったりきたりの状態なのです でね、結局骨粗鬆症予防と言えば なわけです( ´∀` ) 時代進めど、本質は変わらんのです 骨は成長して終了ではなく 今日もみなさんの骨は新陳代謝を繰り返しているのです 急ぎ自分の身体に感謝してください( ´∀` ) インフラと同じく 古くなったり、腐ったり、崩れかけてる骨は破壊して 新しい食物から、新しい骨を形成して

          蛹を破り、蝶は舞う

          どうも 精神科勤務(外来相談) 専門学校外部講師脳神経学 をしている者です <自分は常に新しくなっている> という話 かつて「これが真実である」と信じていた事が 時間が経過していくと「そうでもなかった・・」となる事はありませんか 「自分の信念!」「信条!」と掲げた事が 「いや、なんかやっぱ違うな・・」 となった事はありませんか 過去の自分と比べた今の自分 言っていた事が変わったり 行動も変わってたり 想像すらできてなかった自分というのが 今日の今の自分である、なんて人

          何事も節度よく

          ども 精神科勤務+外来相談 専門学校外部講師脳神経学 をしてる者です 俺はまだ本気を出してないだけ って視点ありますよね(゚∀゚)  別にこの漫画やら映画の話ではなくて そういう事を発言する人ってリアルにも 意外と多くないです?(⌒▽⌒)  発言せずとも そういう思想の人は多いのではないでしょうか? 我々の精神科における世界では この視点、思想は 大事な評価となります これは 発言内容に左右されず 人間の1種の防衛反応でして 自分が傷ついてしまうのを 避ける思考と

          人間は自制心が大事 自制は 車で言うブレーキ ブレーキがあるから 安心してアクセルを踏めるし 何か危険があれば ブレーキで減速すれば 時には止まる事もできる ブレーキこそ 人間の命 ブレーキが壊れてるなら アクセル踏んだ後は確実に事故になる 自分を抑える力は 1番必要

          人間は自制心が大事 自制は 車で言うブレーキ ブレーキがあるから 安心してアクセルを踏めるし 何か危険があれば ブレーキで減速すれば 時には止まる事もできる ブレーキこそ 人間の命 ブレーキが壊れてるなら アクセル踏んだ後は確実に事故になる 自分を抑える力は 1番必要

          蛙の王様の言葉

          好きな格言  言い得て妙です 世の中の本質を捉えてる 別に 痛みが怖けりゃ 痛みが嫌なら 最初っから井戸の底でもいいんですよ 何の問題もない そこから下に堕ちるという恐怖と さよならできる 登るためのエネルギーも要さない 底には底の良さがある でも人間は不思議 人間社会こそ不思議の国 なぜか皆 井戸の外にこそ 幸せがあると信じる 井戸の上の方だけを崇拝する 良い部分だけを見聞きして 単純にその部位だけを 井戸の底と比較してしまう 多くの者は 不平不満、文句、

          自分が軸。他人ではない

          まず 人から好かれようとするのは やめた方がオススメです すべての人間に好かれるのは不可能です 必ずアンチはいます 極論を言いましょう みんなから好かれだしたら、 みんなに好かれてる人間を嫌う人間がいます ただ理由なく人を嫌う人間がいます 好かれようとしてる人間を 嫌う人間がいます 笑顔で挨拶してても そういう行為を嫌う人間もいます そして無条件で 生理的に嫌ってくる人間もいます 改めて言いますが 人に好かれようとする人は 精神的に荒れやすい道 を、選んでいま

          自分が軸。他人ではない

          類は友を呼ぶ。が…

          類は友を呼ぶ ってありますよね 分かりやすいので言えば 愚痴を言う者は、愚痴を言う者と愚痴で仲良くなる やし、 いつも笑顔で挨拶してる者は、挨拶する者と挨拶で仲良くなる のもそう 人間関係は 我々個人の生き方。姿勢。態度。 が決めていってるだけなんですよね 自分という人間を知るための 客観的ツールの1つとして、 自分が関わっている 自分に関わろうとしてくれる 人をよくよく観察していると 自分という人間が少し見えてきます どんな人達が自分と関わってるのか つまり、自

          自制

          「自制」という言葉を知っているからと言って、 自分が自制できるという事ではない 人間は少し<言葉>に 重きを置きすぎる傾向にある まず自制は言葉だけでなく 自分の中に取り込み 日々<使用>して はじめて身につくモノである 今日も生きていると 人間の脳は次から次へと<欲望>を我々にふりかけてくるであろう 甘いモノが食べたい・・ ジュースが飲みたい・・ 酒を飲もうか・・ がっつり食べたい・・ ギャンブルしようか もっと金がほしい 性風俗に行こうか・・ 彼女(彼氏)がほしい