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『エリンとみどり ジェンダーと新しい家族の形』感想

偶然この本の存在を知って(もしやこの本の著者のエリンさんはゴールドフィンガーバーにおける出来事の当事者であるエリン・マクレディさんなのでは?)と思って確認したら、やはりそうだったし、kindle unlimited対象だったので読んでみることにした。
エリン・マクレディさんはトランス女性で、みどりさんはパートナーであり、二人は「婦婦(ふうふ)」だ。
『エリンとみどり ジェンダーと新しい家族の形』では、おふたりの今までのヒストリーや日本の法制度の壁や新しい結婚観などについて語られている。
この記事は読みながら取ったメモのようなものと思っていただければ。
200ページで、エリンさんとみどりさんへのインタビュー形式だったのでサラっと読めると思う。
ゴールドフィンガーバーの事件はけっこう騒がれてたわりに、この本はTwitterでもあんまり有名じゃないみたいだけどなんでだろうか。

年表

1970年 みどり、奈良県で生まれる

1973年11月22日 エリン、オハイオ州で生まれ、両親と弟との4人暮らしでテキサス州で育つ
エリン「小さい頃から性別違和に気づいていたがなるべく考えないで耐えようとしていました」(49ページ)
保守的なテキサス州に住んでいたこともあって情報が少なく、トランジションしたら人生が終わってしまうという感覚があった。

1998年3月 二人が高田馬場で出会う 7月末にエリンが海外旅行に行き旅先からみどりに手紙を書く エリンが日本に戻ってから二人で国内旅行に行く(この頃から交際する)
9月頭から一緒に住み始める エリンは英会話講師を辞めて米国の大学院に戻ることを決心しテキサス大学の言語学の大学院に合格する みどりがエリンと一緒に米国にいるためにはビザが必要でそのために結婚を決意する

2000年2月29日 結婚の届け出を杉並区役所に出す 8月結婚式をハワイで挙げる そのままテキサス州に住み9月からエリンはテキサス州大学院に通う
ハネムーンベイビーで長男を授かる
子育ては大変だったがエリンの母親のサポートとフードクーポンとTAの給料とエリンの貯金で生活する

2001年 長男が誕生する

2002年 長男が生まれた翌年の12月に次男が生まれる
エリンは大学院に通いながら図書館で本を読んで性別違和に関しての知識を得る(まだインターネットが普及していなかったため)

2005年 エリンがテキサス大学大学院の修士課程を終えた後、大阪でポストドクターの職が見つかったので、家族4人で日本に戻り大阪の池田市に住む

2006年 東京の青山学院大学で講師に就くことになり神楽坂に引っ越しをする (この頃もみどりはエリンのことを男性だと思っていた)

2009年3月 三男が誕生

2011年4月 在学研究のため一家で再びテキサス州に行く エリンはトランスジェンダーの本を端から端まで死ぬほど借りて読みまくる(みどりは知識がないため全然知らなかった)

2012年 再び日本に戻り、3人の息子たちと中目黒に住む
55ページ その後エリンは自分がトランスジェンダーであると改めて気づくことがあり、それ以降は自身の性のあり方について悩むことが多くなった

2018年 エリン45歳、みどり47歳
エリンがみどりに対して「自分は女性かも知れない」と打ち明ける
1月くらいから3人の子どもたちにトランジションの話をする
(この時点で長男は高校1年生、次男は中学生、三男は小学3年生)
ジェンダーの診療医と相談してホルモン療法をはじめる
(みどりは当初、身体を改造というか薬を使うことに抵抗があったが、ホルモンを打つことや整形することは最終目標が「幸せな人生を送る」ことで、幸せな時間が増えるんだったらホルモンを打つこともありかなと思うようになる)
エリンがどんどん女性の匂いになってきて、みどりは「この人は私の恋愛対象じゃない」と思うようになり、みどりはエリンに「ホルモンか私かどっち?」と訊ねる
ホルモンの影響でエリンには匂い以外にもさまざまな変化が現れる
10月2日、米国テキサス州で性別変更の届け出をする(書類を送っただけで、手続きはエリンの母が裁判所に行っておこなった)
性別変更とともに名前も「エリン」に変えた
みどりはSNSに「自分は恋愛と結婚は別にします」と投稿する

2019年 4月20日に新宿2丁目で開催されたレズビアンパーティで、エリンが入店を拒否される出来事が起こった(後述の「ゴールドフィンガーバーでの出来事」)
ゲストDJのDora Diamant(ドラ・ディアマント パリのクィアシーンでアイコン的存在)が友人として招待され、<female>と書いてあるパスポートを提示するがエントランスで拒否される

2019年6月10日 目黒区から品川区に引っ越す

2020年2月29日 カウンター・パーティを開催したクラブで、裁判のためのクラウドファンド支援金募集のイベントを行い、最終的に96人から96万4200円の支援金が集まる(120%の達成金額)

2021年3月25日 品川区から大田区に引っ越す
3月31日 エリンとみどりのドキュメンタリー映画「It's Just Our Family/私たちの家族」が公開される

12月16日 有楽町で行われた、性別変更の「子なし要件」への抗議デモに参加する

2021年6月21日 性別を変更するためには続柄を「縁故者」に変更するよう求められたのは「婚姻の自由などを保障する憲法に違反する」として国や自治体などに220万円の賠償を求める訴えを、東京地方裁判所に起こす

2022年3月 エリンはドイツ財団の「フリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセル研究賞」を受賞したため、ドイツ・ベルリンに滞在して1年間研究をおこなうことになった

ゴールドフィンガーバーでの出来事

エリンとみどりの抗議

みどり
抗議メールには、パスポートに<female>と書いてあるのに見た目というか、あなたの判断で男性だから入店させない、というのはおかしくないですか?どういう基準なのですか?IDで判断できない場合、毎回、体を見せて手術の跡などを確認するのですか?見た目が女性ならば、もしかしたらシス男性でも入店できるってことですか?その差別化はなんだ!など怒りに任せてすごい勢いで書きまくりました。
エリン
ここでいう「女性」とは「ステレオタイプ」に当てはまる女性ということです。トランス女性だけじゃなく、ブッチレズビアン(男性的なレズビアン)の方とか、男性のステレオタイプのルックスに見える女性の方とか、そういった人はどうなるの?という問題があると思います。
みどり
性別はパスポートで証明されている、ということを伝えたかったのですが、まったく返信がありません。

75ページ

同じ出来事であっても、立場が違うとまったく異なる物語にみえることが多々あると思うので、ゴールドフィンガーバー事件に関しては以下の記事も参照するべきかと思う。

WAIFUの誕生

レズビアン・パーティでの入店拒否の話を聞いて「トランスの女性が差別されるのはおかしい」として、抗議の意味を込めたイベント、カウンター・パーティを独自で開催することにした。

みどり
国が発行する身分証明書でちゃんと女性と証明されているのに、トランス女性の参加できないレズビアンパーティはおかしい、と強い疑問を抱きました。

75ページ

入店拒否をされた約2週間後の5月2日にカウンター・パーティを開催し、小さいクラブに200人以上が集まる大盛況となった。
エリンとみどりがオーガナイザーとして活動している「WAIFU」はジェンダーやセクシュアリティ、人種や年齢などに関係なく、オープンで他者と寄り添う気持ちのある人たちが、安心して楽しめるセーファー・スペースを参加者と一緒につくり上げていくことをテーマに発足した。
「トランスジェンダー女性を含めた女性を軽視するような行為、および人種差別的行動は厳禁」をポリシーとしている。

エリン
トランス女性からよく聞くのですが、「東京のゲイクラブに行くと、ボディタッチをされて触られまくる」そうです。ゲイの方は触ってもいいと思っている人が多いのでしょうか。これはほんの一例で、私たちトランス女性が嫌な思いをすることがたくさんあります。

82ページ

音楽系のクラブで好みの音楽がかからないし2丁目では音楽好きが集まるクラブがほとんどないことも、新しくイベントを立ち上げた理由のようだ。

レズビアン・パーティのオーナーからの謝罪

「WAIFU」のカウンター・パーティが大盛況に終わったあと、入店を拒否したオーナーから連絡があり、第三者を交えて会い、

エリン
入店を拒否したこと、その後に「入店はシスジェンダーのみ」という説明をしたことについて、全面的に謝罪をしてくれました。
シスジェンダーの意味をよく理解していなかったので、それがトランスジェンダーの排除になることまで考えが及ばなかったと、知識のなさからくる一連の行動の間違いを深く謝っていただきました。
そして「今後はLGBTQの方の人権を侵すことなく、2丁目でもトランスジェンダーの方が過ごしやすい社会をつくる」ことを約束してくださいました。

88ページ

との話し合いがなされた。
入店拒否の出来事に関しては店に対してもエリンさんに対しても抗議やバッシングが多かった。店に対して脅迫的なコメントが書かれたほか、エリンさんは「外国人は郷に入っては郷に従え」やら「黒船」とまで言われてしまう。

トランジション後の日常生活

トランジションしたエリンはホルモン療法を受けているが、性別適合手術は受けていない。(96ページ)
当事者にとってはセンシティブな話題であろうトイレやお風呂の事情についても書かれていた。

みどり
まず、知ってもらうことが大事だと思っています。知ってもらうことこそが、一番の差別からの解放だと考えています。だから、いろいろなメディアの取材を受けたり、(中略) 裁判を起こしたりしているのです。このように知らせるための行動こそが、私たちの重要な役割なのかなと思っています。

98ページ

日本の法律の壁

2018年10月2日、エリンは米国で名前と性別を変更し、その書類でパスポートの名前と性別も変更した。そのパスポートで、永住権のある日本で在留カードを変更することも何の問題もなかった。
2018年10月24日、住民票の性別欄記載を「女性」に変更するにあたって区役所で申請したところ、「結婚していると性別は変えられない」というルールで保留になり、もしくは「妻」を「縁故者」にしないと認められないと言われてしまうが、エリンとみどりは「絶対縁故者に変更しないでほしい」と伝えた。
ここで「特例法」の話になる。

2003年に成立した「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」(通称・性同一性障害特例法)には、性別を変更するためには5つの要件があった。
①年齢要件 二十歳以上であること(成年年齢の引き下げとともない、2022年4月1日から18歳以上になった)
②非婚要件 現に結婚をしていないこと
③子なし要件 現に未成年の子がいないこと
④手術要件(生殖不能要件) 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
⑤外観要件 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること

105ページ

エリンが性別を変更して引き続きふたりの婚姻関係を認めたら、日本初の同性婚が成立することになるが、現状では性別を変更するためには婚姻関係を解消するしか方法がない。

2019年にAFP通信の取材を受けて、3月5日に「米国人夫が性別移行した夫婦、立ちはだかる日本の法律の壁」という記事が配信された。

4月にはバズフィードジャパンの取材を受けた。

バズフィードの記事が出たころ、申請を出していた区役所から「住民票の性別を女性に変更してほしいと聞いておりますので、住民票上の記載を縁故者といたします」と一方的な電話があったので慌てて阻止したというエピソードがあった。お役所……

トランスジェンダーに関しては日本は超後進国

トランス医療に関する日本の保険制度は、経済面でも大きな問題がある。(120ページ)
①ホルモン療法が保険でカバーされない 費用はクリニックによって違うが診断料も含めて1回3000~8000円くらい
②過去に1回でもホルモン療法を受けたことがある場合、性適合手術の際に保険が適用されない(保険適用外との混合治療になるという理由から) 手術費用は200~300万円

本の中で疑問に思ったところ

エリンさんとみどりさんの「ふうふ」は、やはり従来通りの家族像に当てはまらないスタイルなので「お、おお……」と思うことが多かった。
家族のスタイルについては外野が口出しすることではないので何も言わないが、それ以外のところで内容として疑問と思ったところをリストアップする。

エリン「第二波フェミニズムの方々が書いた理論本では、トランスジェンダー女性のレイプなどが書かれてあって、今ではヘイト本になっています。」

51ページ

レイプ被害側なのだろうか?レイプ加害側なのだろうか?
「ヘイト本」はどんな本で、「ヘイト本」だと判断した根拠は何だろう?

みどり「エリちゃんがトランジションしてからめちゃくちゃケンカするようになりました。今まで私がギャーギャーと言うことに対してエリちゃんもハイハイと答えていたことが『それは違うでしょ!』と対抗してきて(笑)。私自身がすごく「家父長制」に洗脳されていたのだと思います。」
みどり「エリンがトランジションしたことにより『女性はこうあるべき』という家父長制の中の女性像にとらわれすぎていたのは、私自身だったと改めて気づきました。」

65ページ・67ページ

か、家父長制……??「ジェンダーバイアス」の意味で「家父長制」を使っているのだろうか……???

エリン
2丁目のナンパは、目的がセックスばっかりという印象です。だけど私は、恋愛とセックスは違うと思っています。
みどり
つまり私が言いたいのは、2丁目は自分の居場所を見つけるというよりは、セックス相手を見つける場所に見えるってこと。

80ページ

この記述は偏見につながってしまいかねないので、少々危うくないか……?
そういう人も一部では存在するのかもしれないけど、主語がデカくない……?

(弁護士によると)おそらく在留カードに「性別は旅券に基づき記載」という一文をいれたいからという理由で入国管理局から出頭を求められるが断る。
もしこれが出頭の理由だとすると、在留カードを見れば性別について複雑な事情がある、私がトランスジェンダーであることが相手に知られてしまうかもしれません。行政のこのような対応は、身分証明書として頻繁に使われる在留カードに、私がトランスジェンダーであることを行政側がわかるように記載しようとしているのです。

111ページ

健康保険証は住民票をもとに発行されるので、医療機関を受診する場合に身体の性別が分からないと医療者側も患者側も困ることになる。
そのために「トランスジェンダーであることが分かるような記載」というのはなんらかの形で必要になってしまうのではないだろうか。
(エリンさんはとても背が高いのでわざわざ記載がなくても医療者側が察せられるとしても、小柄な方の場合はそうはいかないと思うので)

この本を読んで

わたしはゴールドフィンガーバーでの出来事や性別変更のニュースでエリンさんとみどりさんの存在を知ったので、「私たちの行動を通して、ひとりでも多くの人が気づいてくれればいいなと思っています」というのは、文字通りその目的が果たされつつあると思う。活動をして問題提起しなければ幅広く知られることはない。みどりさんが「わたしたちはここにいる!」“Existence is resistance――存在こそ抵抗”と言っているのもそのためだろう。

みどり
私たちが訴えるのは、すべての人が暮らしやすい社会になればいいという思いからです。ひとことで言うと「世論に揺さぶりをかける」ことかな。なんか国の考え方はおかしくない?そのことを私たちの行動を通して、ひとりでも多くの人が気づいてくれればいいなと思っています。
エリン
憲法の違憲性や合憲とか、そもそもそれがおかしいことだと思います。少し乱暴な言い方になりますが「私たちの結婚生活を否定する、あなたは何者?そんな権利はあなたにはありません」です。

125ページ

参考までにこの本の巻末にあるLGBTQに関する用語集には
【トランスジェンダー】性自認と身体の性が一致しない人、出生時に割り当てられた性別に違和感のある人のこと
と記載されていた。
内容にはあまり関係ないのだが、わたしはこの本を読みながら情報を整理するために自分で年表を作りながら、「引っ越しが多くてめちゃくちゃ大変そうだな」と思った。あと91ページ付近では「性別の意味をジェンダーとセックスとで混同して使っているのでは?」と思った。

現状の婚姻制度が「恋愛を基盤に成り立っている男女のカップルとその子ども」という形が主流である状態に疑問を呈する点に同意はできるが、そうではない部分もあった。
「エリンがカミングアウトして、私たちには恋愛関係がなくなってしまいました」と言っているみどりさんは、エリンさんのパートナー(エリスさん)のことを何とも思わないのだろうか……読んでいる側は複雑な気持ちになるぞ……ううーーん……本人が幸せならいいんだけど……と、「結婚制度とは」「家族とは」と考え込んでしまった。

個人的には2018年にエリンさんにカミングアウトされて、みどりさんがSNSに「自分は恋愛と結婚は別にします」と書いたり、エリンがホルモン療法を受けたことに対して「ホルモンか私かどっち?」って聞いたときの、葛藤する気持ちをもう少し掘り下げて知りたかった。

離婚したりゅうちぇるとぺこのカップルでも思ったが、恋愛を経て結婚したかつての夫婦が、夫の変化やカミングアウトによって関係が変化してしまうのは、妻にとっては重大な「喪失体験」になるのにも関わらず、妻側はサポートするのが当たり前で、喪失にまつわる感情は無いものにされているような気がする。

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