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“転機”

父の死は、別れの悲しみは言うまでもなく
命の儚さを思い知らされた。

波のように押し寄せた病の変容に恐ろしさと
悔しさと虚しさをおぼえ

奇跡を信じ日々、父に向き合った
母の姿に尊さを感じ

離れて生活してた私に毎日欠かさず父の姿を
メールで送ってくれ心配かけまいと
「今日も元気!」のメッセージ。
父の写真を冷静に見れずたった1%の可能性が100%の希望のように感じられ、
兄弟二人の間だけで分かりあえるメッセージを
送ってくれてた弟の気持ちとその情け深さに
文字が追えない時もあった。

家内も言葉では言い尽くせないほどの安らぎで包んでくれ、子供たちとの会話や寝顔からも
勇気づけられたことは言うまでもない。

何とかしたい想いで父の身体的、精神的負担を
かえりみず、今思えば主治医の先生も
行く末を既に想定されておられ説き伏せられたかのように私の想いを聞いて頂いたのではと
理解しているがカルテをお借りし
新たな治療法を探し求め各地を奔走し実際、
試した療法もあったが期待とは乖離した。

ひたひたと迫りくる父の最期を考えないようにもしていたが驚きの言葉を父から伝えられることになる。

見舞いに父を尋ねたある日、
消灯の時間までは幾分あったが暗い病室を
ベッド脇の電気スタンドの光が照らしており
部屋の窓の外はそれこそ何もかも飲み込むかのような漆黒と言ってよかった。

少しすると父はベッドからふり絞るような、
か細い声でゆっくりと

「俺とお前の戦いになっている・・
もし自分の力で自由に動けるなら
今すぐにでもこの窓から飛び降りてしまいたいくらい苦しい。これ以上は難しい。」

暗い部屋で眼光鋭く断腸の思いで
全てを覚悟していた父の言葉に、
無言でうなずき暗い部屋を後にし
廊下にでて数歩いったところで自然とこぼれる涙が止まらず嗚咽した。

転機となるような大事なことこそ
偶然の産物でもあり目標を立てても
思うように事は運ばないことが多く、
運とそれこそ直感のような理屈ではない
モノが大きく作用し、いくら準備しても
仕方がないような気にさせられるほど
自分の無力さに途方にくれた。

父は苦しみに耐えながら天命を伝え
私は何とかしてみせると思ってた自分の
愚かさとそう遠くはない将来に震えながら
父を心に刻んだ。

それから数日して家族揃って
見舞った天気のよい午前の病室で
母、弟、家内、小さな息子と娘のたわいもない会話からもれる子供たちの笑い声も聞こえてるのか分からないくらい意識もはっきりしない
状況だったと思うが父の目からは
一筋の涙が流れ落ちた。

皆んなで笑いあって過ごした日々に戻ったかのような時間だったのだと信じている。

この日の午後、この星のどこをどう探しても
父とは会えなくなった・・

予想がつかない世の中を
「だからこそ人生は面白いし唐突だ」と
笑って話してた元気だったころの父の言葉に
当時、「ふ〜ん」と返事をした私に
「いずれ分かるよ」と笑って話してたことが
こういう形で迫って来るとは思ってもいなかったが、私を生かしてくれてもいる。

「お父さんはあなたの気持ちが嬉しかったのよ。」
あの夜のことを話した母はそうささやいた。

私は家族とともに前を向いて歩いている。

これからも。

笑顔の父とともに。



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