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それが君のタイミング

 今日は立春。

 季節の変わり目を表す二十四節気のひとつで冬が終わりを告げて春の気配がやってくる時期とされている。

 とはいえ最近は二月になってもドカ雪がふったり気温が氷点下まで下がることもよくあるのでこの基準とは少々ずれてきているように感じる。

 ちなみに立春に食べると良いとされているものはお豆腐で、この日に食べるものを立春大吉豆腐と呼んで健康な体に幸福を呼び込むという縁起担ぎがある。

 前日の二月三日には炒り豆を食べるので二日続けて大豆食品を口にするのはいかにも健康によさそうだ。

 思えば子どもの頃は冬になると何かといえば湯豆腐が食卓に出てきたものである。

 父の好物だったのか安価におかずが一品出来るからかはわからないが多い時は週に四日は登場した。

 作り方はいたって乱暴で木綿豆腐を昆布を敷いた鍋に並べてグツグツと沸騰させるのである。
 
 お鍋の真ん中に醤油を入れた湯飲みを入れて一緒に温めていたのもよく覚えている。
 
 そんな感じでひたすら煮込まれた豆腐は完全にすが入って水っぽくて正直ちっとも美味しくなかった。

 それでも一人当たりの割り当てとして二切れの豆腐を目の前に並べられるので薬味のネギをバサバサとかけて温まった醤油をビシャッとかけてろくに噛みもしないでゴクンと飲みこんでいた。

 少年時代の私にとって湯豆腐は取るに足らないつまらないおかずであり冬場の定番メニューだったので飽き飽きだった。

 そんな私も成長していっぱしの酒飲みに成長した。

 さて、今日は何で飲もうか…財布には五百円玉が一枚。

 そんな貧困大学生を救ってくれたのは意外にも豆腐だった。

 当時はお金は全然なかったが暇だけは売り切り大バーゲンでも有り余るくらいあった。
 
 なので自宅から自転車で三十分の所にある古本屋に入り浸っていた。

 大手チェーン店ではなく個人営業のお店だったが規模は結構大きくて漫画からビデオ、エッチなコーナーまで充実していた。

 もちろん目的はエッチなコーナー、エフンエフン…な事も無くはなかったが一番魅力的だったのは立ち読みがし放題という事だった。

 中古本にはビニールカバーもかけられておらず手に取ればすぐに読むことが出来た。

 何といっても週の大半をそこで過ごしていたのでアルバイトの兄ちゃんとも友達になったので居心地がすこぶる良かった。

 そんな古本屋で私が貪るように読んでいたのはグルメマンガだった。

 中でも一番感銘を受けた漫画は美味しんぼだった。

 初期の美味しんぼはグータラでどこか反社会的な山岡士郎が傍若無人な海原雄山と対立する構造や食品業界の欺瞞を暴き立てる社会派な漫画で夢中になって読んでいた。
 
 あるエピソードで海原雄山が湯豆腐を一番美味く食べる方法を語っていてこれなら自分でもできそうだと立ち読みの記憶が薄れる前に古本屋を飛び出してスーパーに駆け込んだ。

 そして雄山方式の昆布を敷いた土鍋に豆腐を入れてフタをしてクラッと揺れたらまだ我慢してクラクラッとなったらねぎを散らした温めた生醤油で食べるというやり方を試してアッとなった。

 例えるなら豆腐のアルデンテというくらいの絶妙の温度で一丁六十八円の豆腐が極上の味に変わっていた。

 実家の地獄の釜茹でのようにグラグラ煮立ててはこの味は決して出ない。

 この衝撃はなかなかのもので友達にも至高の湯豆腐を食わせてやると得意になって振舞ったものである。

 もっと後年になってあれこれと食べ物の本を読み漁っていると必ず遭遇する稀代の食通、北大路魯山人も同じことを述べておりなぁるほどそういう事なのかと色々腑に落ちた。

 ともあれその古本屋さんで得た無駄とも思える食べ物や音楽、プロレス、エッチい事が今の自分の屋台骨になっていると思う。

 人間若いうちに覚えたことはなかなか忘れないものである。

 逆に最近は五分前の頼まれごとでさえ何だったっけ?と聞く始末。

 錆びかけた脳細胞を活性化させるためにもっと本を読もう。

 読書のお供にはもちろん雄山式湯豆腐で。

 たまには文化人を気取ってカイゼル髭をしごくのも悪くないだろう。

 ま、本当はツルンツルンなのですが。

 さて昨日はおでんを育てて二日目。

 追加の具材はジャガイモとちくわぶとゴボウ天。

 まずはジャガイモの皮を剥いて四等分。

 ちくわぶは斜めに切る。

 ゴボウ天も半分にズダン。

 後は育て中の鍋に入れて味付け。

 昆布だしと醤油と砂糖と気持ち塩。

 味見して飲んで少し濃いかなというくらいがいい。
 
 後は沸騰するまで煮たら弱火に落としてコトコト。
 
 副菜は豚のこま切れ肉を使う。

 ニンニクを潰して刻んでフライパンに入れて油を敷いて火を点ける。

 ぬか漬けの大根と人参を薄く切る。

 ニンニクの香りが立ったらそこにこま切れ肉を入れる。

 全体の色が変わるまで炒めたらぬか漬けを投入。

 酒、めんつゆ、七味唐辛子で味付け。

 野菜がしんなりしたらこま切れ肉とぬか漬けの炒め物の完成。

 もう一品副菜は茹で卵をフォークで粗く潰してマヨネーズとレモン果汁をかけてコショウを降る。

 これであらびき卵サラダの出来上がり。

 ぬか床から新作のセロリを取り出して洗ってから切る。

 おでんが煮えたら晩御飯。

 昨日は休肝日。

 いただきますをしてお茶で乾杯。

 まずは卵サラダから。

 粗く潰しているので白身の食感がいい。

 味付けもマヨネーズの身なのでシンプルで食べやすい。

 お次はおでんをちくわぶから。

 モチモチした歯応えで小麦粉本来の味を感じる。

 それからジャガイモを食べる。

 ホクホクで出汁をよく吸っていてなかなかいい。

 妻はマヨネーズをかけて食べていた。

 ゴボウ天は煮すぎて中のゴボウが出てしまったが安定の味。

 一息入れてから豚肉のこま切れとぬか漬けの炒め物を食べる。
 
 野菜がシャキシャキしており歯ごたえがいい。

 豚肉の脂もいい塩梅でわりといけた。

 うん、これ結構いけるよと妻に勧めつつ卵サラダを食べた。

 おでんは全体の六割を食べたところでストップ。

 このまま怒涛の三日目に突入する予定。

 そろそろ醤油味に飽きてきたので変化をつけたい。

 そうだなぁ豆腐でも煮込んでみるか。

 ご飯の上にお豆腐を一丁丸ごと乗せるお店もある事ですし。

 そういえば古本屋の兄ちゃん、今頃は還暦くらいかなぁ。
   
 おおぅ、時の流れは早いですねぇ。

 将来の夢はミュージシャンだったが叶ったのだろうか?

 今頃遠くのライブハウスで渋いソロプレイをしていてもらいたい。

 風の便りでもいいから近況が聞きたいなぁ。

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