バーチャルハピネス【ショートストーリー】

 何も良いことがない。私はつい最近、会社をクビになった。そして、そのせいで妻に別れを告げられた。まあ、理由はそれだけではないかもしれないが、主な原因はそれだろう。娘は、妻の方について行ったので、私は四十歳にして独り身になった。思えば人生、何も良いことがなかった。よくここまで生きてこれた。それだけで、自分を褒めてやりたい。
 そんな私は誰もいない寂しい家で、スマートフォンで、ネットサーフィンをする。リーディングリストなどから、気になるサイトを色々見ていると、怪しい広告を見つけた。その広告には、"幸せを体験しませんか?バーチャルハピネス"と書かれていた。私は、少し気になったので、タッチしてみると、サイトに飛んだ。そのサイトは、全体的に白黒で、気になった方は説明会へと書かれていた。私は、説明会の日程を調べた。すると、明日やっていることが分かった。私はすぐに、申し込みをした。そして、明日を待ち眠りについた。
 翌日。説明会の時間が近づき、私は着替えと食事を済ませた。そして、会場へ電車で向かう。会場付近には、私以外にも人はいたが、会場へ入ると私しかいなかった。そこへ、スーツの男性が入ってきた。
「お待たせしました」
 その男性が説明してくれるようだ。そして、説明会が始まった。
「あなたは、現在不幸せですか?」
 いきなり胸にくる質問をされた。私は、「はい」と答えた。
「我が社のサービスは、バーチャル空間で、架空の幸せを体験していただくというサービスなのです」
 私は、何となくサービスについて分かってきたような気がした。
「あなたには、我が社の開発した機械に入り、その空間で、様々な幸せな出来事を体験していただきます。所謂、幸せの擬似体験というわけです」
「なるほど。料金はどのぐらいかかるのですか?」
「初回なので、無料で構いませんよ」
 その人はそう言ったので、私はやってみることにした。
「では、こちらへ」
 その人が、案内してくれた場所は、隣の部屋だった。そこには、試着室のような箱型の部屋が置いてあった。
「今から、この中へ入っていただきます。そして、私がスイッチを入れると、あなたは幸せな体験ができます」
 私は、その箱へ入った。そして、私が入ったのを確認し、その人は扉を閉めた。
「では、ごゆっくり」
 その人がスイッチを入れると、機械はウィーンと音を立て始めた。そして、私は気がつくと幼稚園にいた。そして、隣には小さな女の子がいた。その女の子は、私に抱きついて言った。
「しょうらいけっこんしようね!」
 私は、少し恥ずかしさと嬉しさの混ざった感情になった。
 そして、次は小学校になった。みんなで、卒業アルバムを作っているみたいだ。そして、クラスページに載せるクラスランキングのアンケートが行われていた。
「じゃあ、かっこいい人ランキングを決めよう」
 前に立っている生徒が言った。
「あいつが良いと思う」
 一人の生徒が言った。
「私も!」
 女の子が同調する。
 あいつとは、私のことだった。そして、私の名前が一位の欄に刻まれた。バーチャルだとしても、これは嬉しい体験だ。
 そして、次は高校になった。なにやら、放課後の教室で、女の子二人が話をしている。
「私、川田のこと好きなんだよね」
 それは、私のことだった。しかし、この辺りから、私は妙なことに気がついた。何故か、出てくる景色に見覚えがあるのだ。景色が変わるたびに、どこか懐かしい気持ちになる。そして、また景色が変わった。それは、分娩室だった。ベッドでは、女性が子供を産もうと必死になっている。ここで、私は気がついた。その女性は、私の妻だと。そして、子供が産まれ私は抱き上げた。何とも素敵な気持ちになった。すると、バーチャルの映像は突然終了した。私は、箱から出た。
「いかがでしたか?」
 その人は言った。
「いや、なんか懐かしい気持ちになって」
「そうですか」
「いや、私の人生もこんなに素敵だったらなーなんて思ってしまって」
 すると、その人は言った。
「これは、あなたの人生ですよ」
「え?」
「この機械は、あなたの潜在記憶から再生した、あなたの人生なんです。ですから、これは全て、あなたが過去に経験した出来事なんです」
「そうだったのか、、」
 私は、胸が熱くなる感覚になっていた。
「どうですか?あなたは、これでも不幸せだと言えますか?」
「でも、今は、、」
「大丈夫です。あなたが忘れているだけで、小さな幸せは日々の中にもあるはずですよ」
「そうかなあ」
「今までこんなに良いことがあったんですから、これからの人生にもきっと良いことがあります。自信を持ちましょう」
「分かりました。私も自分から幸せを探してみます」
 こうして、私は少し前向きになって、自宅へと帰った。今不幸な人も、挫けそうな人も、今まであった幸せや、これから起こる幸せに思いを馳せてみて欲しい。そうすれば少しは、前向きになれるはずだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?