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夏と言えば、祖母の家だ。
祖母の家は、涼しくて、畳の床で、スイカやアイスクリームが山程あって、縁側では風鈴が鳴り、いつも賑やかだった。

私はおばあちゃん子だった。おばあちゃんちに行くよ、と聞けば、心を踊らせ、早々に身支度を済ませて待機し、それどころか、何も用がないのに勝手におばあちゃんちに行ってしまうことさえあるような子供だった。

祖母は、とても可愛くて、優しくて、いつもニコニコ笑顔の人だ。
怒られたことは一度もない。
キラキラした物や、お花や、ふわふわが大好きで、身に付けるものは、ゴージャスなスパンコール仕様のお洋服や、ふわふわしたレースのバッグ、綺麗な宝石が光るアクセサリーなど。極め付けに、彼女が使うボールペンは全面ピンクのラインストーンに彩られている。
流石、隙がない。歳をとっても、女心は衰えず、いつまでも乙女のままなのだ。
祖母はどこまでも女の子なので、ガールズトークにもいとまがない。
恋の話や、おじいちゃんがかっこよかった話、昔はモテた話を延々語り、私にボーイフレンドはいるかと聞いてくる。彼女の辞書に、包み隠す、という言葉はない。
でも、そこがやはり女子っぽい。
私はそういう祖母が好きだし、みんなも祖母を愛している。

祖父が亡くなったのは、7年前のこと。
祖母は、私たちの前で涙を見せず、本当に穏やかな顔で逝きましたよ、と微笑みながら言った。
その姿を見て、一番辛いのは祖母のはずなのに、と余計に涙してしまった。
そして、あの可愛い女の子の祖母の中に、こんな強さが秘められていたのかと、驚かされざるを得なかった。

ああ、おばあちゃんは、本当におじいちゃんが好きだったんだなぁ。
いつもより強くて逞しい祖母を見て、私はそう思った。

祖父の生前に住んでいた家には、2、3人の家政婦さんがおり、ご近所さんやお友達も盛んに訪れ、常に賑やかだった。
祖父が亡くなってからは、祖母は大きな家を売り、小さなアパートへと引っ越した。家政婦さんも、もう歳なのでと、引退することになった。
今では祖母は独り暮らしだ。
相変わらず、お友達は時々来ているようで、お友達と麻雀をして楽しかったという話も何度も聞いたが、それでも暮らしぶりは随分変わった。

何もない毎日だと、なんだか寂しくてね。でも、ちょっとしたことがあるだけで気持ち的には結構助かるの。麻雀みたいに、歳をとっても楽しめる何かを今のうちに覚えておくと良いわよ。お友達とも会えるし。今度、麻雀やってみる?みんな年寄りばっかりだけど、それでも良ければね。

なんて、茶目っ気たっぷりに言う。

私には、その、なんだか寂しくてね、と言ったときの、気にも留めないようなさらりとした口調の祖母の声が、かえって孤独に聞こえた。あの時流さなかった涙が、今祖母の瞳から少しずつ溢れて来ているように思えた。

今年の夏も祖母の家に行こうと思う。
もう、スイカやアイスクリームが山程あるわけではないし、風鈴の鳴る縁側も、以前のような賑やかさもない。

けれど、大好きなおばあちゃんが、私に会うのを楽しみに待ってくれている。
花柄のワンピースにお気に入りのルビーのネックレスを付け、めいいっぱいのおしゃれをして。

#エッセイ #夏 #おばあちゃん #帰省 #散文 #読み物

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