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痒いの、かゆいの、飛んでいけ!

 

 明日から九月だというに、ふざけるな! ……と、怒鳴りたくなるほど暑さは衰えない。


 まあ、暑さは自然相手とあって我慢するしかないが、今期、僕を一番悩ませたのは「痒み」なのだ。
 例年、夏になると皮膚の痒みにイライラしたものだが……今年は格別であった。いつもなら、マキロンをローション代わりに塗りたくって誤魔化していたのだか、今回はサッパリ効き目がない。

 原因は、ある程度予測がつく。

 エアコンを使っていないので、全身は四六時中、汗の被膜で覆われることになる。汗には水分以外、アンモニアとか塩分も含まれているわけで、これが元来過敏な皮膚を刺激するのだろう。
 その証拠に、腕などが痒い時、水道の水でジャブジャブ洗ってみると……かなり痒みは治まるのだ。
 ところが、痒い部分は全身に及んでいるわけで、痒みを感じる度にシャワーというわけにはいかないだろう。

 当然、「痒み止め」の購入も考えたが……高価であると同時に、虫刺されでもないのに治療薬を施すのにはちょっと抵抗がある。

 なに……痒いなら、掻けばいい、という固定観念が居座っているらしい。

 しかし、実際に掻いてみると、初めはタオルあたりから始まり、指の腹……ついには爪を立てることにもなる。おまけに「痒み」というやつは、掻けば掻くほど、いっそう痒くなり、範囲も広がる傾向にある。
 こんな生意気な奴が、人の形でもしているなら……ボコボコにぶん殴ってやりたいのだが……

 案ずるに、「痒み」というやつは、「痛み」以上に精神の集中を阻害するのだ。
 そう。爪を立てるということは、当の患部に敢て傷をつけ、傷の発する痛みをもって痒みを和らげたいという愚行なのかも知れない。

 確かに、軽いという条件付きではあるが、僕の場合頭痛や歯痛ならば、我慢して読書等に集中も可能ながら……相手が「痒み」だと、精神は散漫になって、アニメを見たり音楽を聞いたりの楽しみすら奪ってしまう。 

 いずれにしても、腕と言わず足と言わず、見えないが、多分背中も傷だらけだろう。

 そんな時……ふと目に止まったのが「シッカロール」の缶であった。思えば、シッカロールなどかってはついそこらに転がっていたもので……僕の目に留まった缶には、たぶんお袋あたりが溜めていたのか、一円玉が詰まっていた。

 ここで、頭に電気が点く!

 思えば、「シッカロール」は……商標等にもよるのだろうが、「ベビーパウダー」とか「天花粉」だとか呼ばれると同時に「汗知らず」という呼び名もあったはず。

 僕としては、赤ん坊に使うものという偏見もあって、大人になってからは使ったことはなかったが……子供時代、床屋で首筋あたりにはたかれた記憶があった。
 ふうっと……サラサラとした感触が蘇り……

 僕は即、チャリに乗って薬店に直行、「シッカロール」をゲットした。

 缶を開封した時の……なんとも懐かしい匂い。郷愁を誘う、優しい匂いであった。

 パフも付属していたので、さっそく全身にはたいてみる。
 腕から始めて、足……お腹……背中……

 なんと! マキロンでは治まらなかった「痒み」が、やんわりと引いてゆくのだ。

 薬品としての痒み止めのような清涼感も皆無、何かが効果を及ぼしているという感触もないのだが……明らかに、ベトついていた肌はサラサラになり、……「痒み」を退治しているというより、いっそ症状との折り合いをつけているといったけはいなのだ。

 無論、劇的に……とまでは言わないが、許容範囲ギリギリのところで、「痒み」と和解が生じているのだろう。

 そう。「シッカロール」は決して「治療」などはしていないはずである。余分な汗を、タルクなどの微粒子が吸い取っているだけなのだろう。確かに、「シッカロール」とは、ラテン語の「乾かす」に由来するとも言われている。

 「シッカロール」は、疾患をやっつける「兵士」ではないのだ。武器を持たぬ、温和なネゴシエーターなのだ。

 疾患を「敵」と思い定め、「医療」という武器を頼んで戦を挑んできた西洋医学とは対極の、いかにも日本らしい対症療法なのだろう。

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