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10月の夜風

まろやかな月。

 柔らかな月の光は、自分の劣等感を消してくれる。自罰的な考え方も、今晩は出てこない。自分を自分で、貶めないというのは、なんて心が自由になることなのだろう。

 桐子は、窓を開けた。虫の音。虫たちの恋の季節。緩やかで、穏やかな気持ちになる。虫たちは、DNAに導かれて、必死の求愛行動なのだろうが。虫と人間である自分との温度差。

 そう。それは、自分は自分であり、他者は他者であるということだ。

 自分のことは、他者にはわからない。他者のことは、自分にはわからない。

 温度差が生まれるのは、当然だ。

 なのに、

 それを目の当たりにするたびに、ダメージを受けてしまう。

 自分をわかって欲しいという思いと、自分の思い通りに反応して欲しいという思いを、他者に無意識に押し付けているからではないだろうか?

 もちろん、そんな思いは、傲慢だ。

 その心の動きを、自分が断罪し、自分を責めるのは、違うのではないか。

 桐子は、冴えた月の光を浴びながら、思う。

 そんな心の動きがあるということを、認識し、受け入れる。

 ピンセットでつまみ、標本にする。

 それをしてはじめて、

 他者に求めすぎではないのか?という、理性的な判断が生まれてくるのではないだろうか。

 10月の夜風に吹かれながら、桐子は、フラットな気持ちで、そう思った。


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