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何かを評価することは意思決定に他ならない

ある先生から情報とは「収集・分析・評価」の三段階を経るものであるという話を聞いたことがある。
簡単に言えば、集めて・正しいかどうかなどを見極め・価値判断をするということである。

最近、最後の「評価」というものが極めて重要であり、そして非常に難しいということに思いが至った。そして、上の人間になればなるほどこの「評価」をせねばならないということにふと気づいたのである。

仕事の時、したっぱの時は「これ調べておいて」というふうに使われるものである。要は情報の収集をお願いされるわけだ。
社会人にとっての「調べもの」のほとんどはこうしたものである。

この情報の良しあしを評価するのは、ほかでもなく「これ調べておいて」といったその上司そのものである。
そしてこの評価というのは極めて俗人的で、客観的な判断を下すことは至難の業である。なぜなら評価をする際には価値観に依存する部分があるためだ。
そして、その評価をする際に「よい」となればGoサインだし、「ダメ」となればNGである。

評価をすることは意思決定そのものでもある。それだけに、情報を評価する立場にある上の人間に必要なのは、まさに「正しく」評価する力、すなわち意思決定の能力でもある。

私個人は決断力があまりない。決断を迫られると「うーん」と悩んでしまうことが多い。
ならばと適当に決めてみると大体間違っていて、まあそれはそれで間違っているとわかったのが収穫なのかななどと思いやりすごしているのだが、そのたびに周りの人の助言に助けられることもしばしばである。

スパッと物事を決めて果断に実行に移していくことは、だれにでもできる芸当ではない。決断力のあるリーダーというのは価値判断に長けているのであり、それは極めて優れたリーダーだと思う。

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