見出し画像

昭和レトロなラーメン屋にふさわしいマンガをつらつら考えてみた。


【はじめに】


どこの街にも一件はある、街の中華屋さん。

色あせた赤い布のカンバンに白抜きで「中華料理 〇〇」とか屋号を書いてる店構え。油でぺとぺとのカウンターと固定された丸椅子。令和だというのに全面喫煙可。
業務用の缶スープ一種類をベースに、醤油塩味噌どのラーメンスープでもこしらえてしまう。エビチリ頼んだら豆板醤トウバンジャン豆鼓醤トウチジャンも使わずにケチャップでソース作っちまう。そんな街の中華屋さん。身も蓋もない言い方をしちまうと、昭和の小汚いラーメン屋。

思うに、ああいう類の店は味を楽しみに行くところじゃないんです。安心を楽しみたいがために行く。
体面だとか社会性だとかをネクタイと一緒にしゅるっと外して、愛想のない店主が作ったやる気のないラーメンを黙々とすする。粛々と啜る。

一歩外に出れば七人の敵と戦わなきゃいけない男が、その日の仕事いくさを終えてふらっと立ち寄るうらぶれたオアシス。
一日中張り詰めた気をゆるゆるに緩めた、意識の低い振る舞いが許される男の駆け込み寺。
流行りのオシャレなカフェやクレープ屋に入れないおっさんが、おっさんなりのchill out(チルアウト=くつろぎ)を楽しむための店。それが「街の中華屋さん」。私はそう思っています。


そういう街の中華屋さんにつきものなのが、備えつけのマンガ。
どの中華屋にも色々置いているじゃないですか、油で汚れた表紙の古ぼけたマンガたちが。そいつをパラパラめくりながらラーメンを啜るのがまた最高にホッとするんですよ。
中華屋のマンガってのは、おっさんのチルアウトを引き立てる最高の小道具だと常々思っている次第です。ちゃんと読んでるんだか絵を眺めてるだけなのかわかんねえ、それくらいの意識他界系のテンションで読むとなお良し。


で、ふと思ったんですが、中華屋に置いてあるマンガって妙な偏りがあるんですよね。
「こち亀」とか「ゴルゴ13」なんかはド鉄板と言ってもいい代表格ですが、それ以外にもちょいちょい色んな店で見かけるタイトルがある。


あれはどういう現象なのかしら。

なんか理由でもあんのかしら。

それとも大した理由はねえのかしら。

果たしてどっちなのかしら。



今回は、そういうお話。

街の中華屋でよく見るマンガを列挙し、なぜそのマンガがチョイスされているのかという理由を自分なりに分析しながら、自分の方でも街の中華屋にふさわしいマンガを考えてみたいと思います。


女子供おんなこどもの入店はお断りいたします(ウソです)。


― ― ―

①「こち亀」&「ゴルゴ13」

説明不要の二大巨頭。だけど説明させてください。今後の話を進めるうえで、この二冊の存在が座標軸になりそうな気がしましたので。

「小汚いラーメン屋に置いてあるマンガ」と言って世間が真っ先に考えるのは、この二冊だと思うんですよ。実際けっこうな高確率で置いてあるんですけどね。

問題は、なぜこの二冊がチョイスされているのかという点でして。


これについては、冒頭に話した「おっさんなりのチルアウトを楽しむ」というコンセプトに沿って考えると理解できると考えます。
チルアウトだなんて横文字を使いましたが、要するになーんも考えずにダラダラ過ごすってことです。そういうラフな時間とこの二冊は非常に相性が良い。なぜかというと、ハイクオリティな一話読み切りのマンガだから。

両さんがパワフルにバカやって失敗する。ゴルゴが粛々と高難易度のミッションを遂行して成功する。このテンプレというか、予定調和が心地良い。
言うて両作品とも、やろうと思えばいくらでもアタマ使って読むに耐えうる作品です。だけど、受け身でダラダラ読み進めることも全然オッケー。それはそれで十分面白い。なぜかというと、ある程度結果の見えた、それでいておもろいストーリーが読めるという安心感があるから。

しかも、だいたい一話で終わるというのがこの上なくデカい。どこから何巻から読んでもだいたい似たような面白い話が読めるというのは、アタマを使わずマンガを読む上では最重要のファクターなんですよ。それこそ他の何にも代えがたいほどに。

そういうマンガだと世に知れ渡っているからこそ、中華屋のオヤジも気兼ねなくこの二冊を置ける。中華屋の客の方も、安心してその二冊に身を委ねることができる。


意識の高さを放棄したおっさんが過ごす中華屋のひとときにピッタリな、一話で読み切れる予定調和の傑作。
それが、私なりに考える「こち亀」と「ゴルゴ」がチョイスされる理由です。


以下、この考えをベースに話を進めていきたいと思います。
具体的には、街の中華屋でよく見かけるマンガをピックアップしつつ、それが本当に「街の中華屋にふさわしいのか」を考えていこうかと。



②「グラップラー刃牙」&「はじめの一歩」

「格闘マンガ」でひとくくりにしてもよかったんですが、その中でも特によく見かけるのがこの二作品。

刃牙バキ」の方は、一言で言うと100巻以上に渡る親子喧嘩です。
個人で一国の軍事力に匹敵する格闘能力を有する、”地上最強の生物”の異名を取る男、範馬勇次郎(はんまゆうじろう)。その息子の刃牙が最強の父を超えんと修行を積み、数多の猛者達と激闘を繰り広げることで成長を重ねていく一大格闘巨編。
うーんアッタマ悪い。最高。

「はじめの一歩」の方は、いじめられっ子の成り上がりボクシングサクセスストーリー。
不良にいじめられていた主人公の一歩がある日ボクシングと出会い、「強さとは何か」を問い続けながらボクシングに打ち込んでいく。持ち前のタフネスと秘められたパンチ力を武器に鍛錬を続け、次々と現れる強烈な個性のライバル達としのぎを削りあい、ボクシングの世界でのし上がっていく。
あらすじはいかにもありきたりですが、その試合描写は本当にスゴい。ヘタな異能バトル漫画が消し飛ぶレベルの破壊的な訴求力。ホント男のコって好きよね、こういうの。


結論から言うと、この二作品は有りだと考えます。強いて言うなら刃牙バキの方がより有りよりのアリ。

格闘マンガの良いところは、アクションが主役であるということです。人物描写だの難解なトリックだの、アタマを使わせる要素が薄い。極論ストーリーすら追わなくてもいい場合もありえます。
ド派手で痛快なアクションや格闘を、ただ目で追っていけばいい。絵だけを見ていれば勝手にドラマが生まれていく。

その上で、街の中華屋に置くマンガとしては刃牙が頭ひとつ抜けるかな、というのが自分の考えです。
なんでって、格闘シーンがド派手。そして大ゴマ連発。一巻読み終えるのに10分もいらないレベルでサクサク読める。マジでアタマ使う必要がない。個人的には一歩の方が好きなんですけど、この点は刃牙に一歩劣るかなと(シャレのつもりは毛頭ありません)。

これまで言ってきたとおり、街の中華屋で過ごす時間ってのはあえてアタマ悪く過ごす時間なんです。そうやって張り詰めた頭と心を休ませる、そのための時間。
そう考えると、アクション主体の格闘マンガは頭カラッポで楽しめるから非常に相性がいい。中でも大ゴマ連発の刃牙はことさら好相性。

よって中華屋のオヤジはもっと刃牙を置いてよい。同じ作者の餓狼伝でも全然OK。
あ、一歩は一歩で置いてたら喜んで読みますよ。一歩VS沢村編あたりだと超嬉しい。



③「哲也」&「頭文字D」

麻雀マンガと車マンガ。
要するにオッサンの趣味を扱ったマンガ、その両ジャンルでもっとも有名なのがこの二作品。
これも結論から言いますと、哲也は向かない。イニDは刃牙以上に大アリ。

街の中華屋がおっさんのオアシスである以上、おっさんが好むジャンルのマンガを置くのは理に適ったチョイスです。他のマンガに比べて、ジャンル選択の時点でかなり優位につけていると言えます。

その上で言わせてもらうと、「哲也」の主役はトリック(相手が使うイカサマや戦術の正体)というのが痛い。
主人公と相手が麻雀で戦うのが哲也のメインストーリーですが、その相手というのがだいたいイカサマなり奇抜な戦法なりを駆使します。そのイカサマや戦法がどういうカラクリで成り立っているのか、それを暴いて勝利につなげていく、というのがお決まりの展開です。

「哲也」に限らずギャンブル漫画全般に通じる話ですが、このジャンルの面白さというのは一種のミステリー的な面白さなんですよ。相手がどういうイカサマをしているのか、相手の戦術やルールの穴がどこにあるか、それを暴くのが面白さのキモ。

要するに、大なり小なりアタマを使わせるというのがウィークポイント。「哲也」自体はハッタリの効いた少年マンガですが、そういうギャンブル漫画としての本質は変わりません。これがせめて一話ないし数話完結型であればまだ良かったと思いますが、1エピソードにつき単行本1巻半は使うというのもまたキツい。
ゆえに、頭カラッポでいたい中華屋の時間にはちと向かないのではないかと。それが、自分が「哲也」を推せない理由です。

あ、断っておくと「哲也」自体は好きなマンガです。小中学生の頃に何十回読み返したかわからんレベルで刷り込まれています。
あとどの媒体でも言われてないけど、サブタイトルのセンスがめっちゃ良い。いつか機会があったらこれについてだけ語りたいです。


さて、ひるがえってイニDですが、これはもう問答無用で合格。
なんでかって、クルマが速く走る、ただそれだけが主役だから。

試しに何巻からでもいいんで読んでもらいたいんですが、とにかくクルマが走る。めっちゃ速く走る。マジな話、アニメ版よりマンガの方がスピード感がある。
ゴアアヒュゥとかいうエキゾースト音と風切り音だけが支配する、ほとんどセリフのないレースシーン。その疾走感に身を任せてページをめくっていけば、単行本の1巻や2巻はあっちゅう間に読み終えてしまう。当然アタマなんか使わなくて良し。読んでて疾走感がある分、刃牙よりもサクサクいける。

もちろん長編マンガですし、ストーリーだってちゃんとありますけどね。
きわめて個人的な意見ですが、イニDの場合はレース合間のストーリーが邪魔まであります。
そんなもんどうでもいいからレース見せろと。ヒュゴアアアとかいう臨場感MAXの擬音と超速コーナリングのコマ見せろと。そんで頭カラッポにさせろと。

そういうわけで、頭文字Dはほぼ満点です。
おっさんがチルアウトを求めて入った中華屋で読むマンガとして、こいつの右に出るヤツはちょっと考えつきません。こち亀とゴルゴを除けば限りなく最強に近い。



④「ナニワ金融道」&「ミナミの帝王」

金融モノの二大巨頭、ナニ金とミナミの帝王。
いかにもラーメン屋でおっさんが読んでそうな濃いいマンガですが、果たして本当にその場にふさわしいチョイスと言えるのか。


まずはナニワ金融道から。結論から言います。ダメです。

絵の汚さとか言語センスの卑猥さとか、世間が顔をしかめる要素はむしろ高評価なんですよ。
「意識低いおっさんのセンスに合ってるか」というのが今回の評価ポイントですが、その一点だけなら今回挙げる全てのマンガにオール一本勝ちです。こいつ一人で全タテ余裕。

ただ、その優位性を覆して余りあるウィークポイントをこいつは抱えています。
それは何かというと、法律モノゆえの難しさとストーリーの重さ。そして何より、ストーリーが地続き。

未読の方のために言っておくと、絵の小汚さやセンスの卑俗さとは裏腹に相当インテリなお話です。大学の法学部生の副読本にもおすすめされるくらいにはバシバシ法律を駆使してくる。
しかも法律モノって、早い話がのっぴきならないトラブルを主役にしているお話なんでね。そら重くないはずがないわと。特にこの漫画はサラ金の話なんで、借金でカタにハメられることの恐ろしさが容赦なく描かれている。それがまたどちゃくそヘヴィー。

だからこそ、ハチャメチャに面白いんですけどね。ナニ金。
でもその面白さが、これまで述べてきた「街の中華屋」の時間に合うかというとまあー合わんわなと。知的にエキサイティングすぎて全然チルアウトできやしねえ。何なら仕事に次いでアタマ使うまである。

あと、全エピソードが地続きでつながっていることも非常にマイナス評価。
だいたい中華屋のマンガだなんて、1巻から行儀よく揃ってる方が珍しいんだから。5巻しか置いてねえとかザラにある。そういう悪条件下でも読むに耐えうるマンガってのは、それこそこち亀ゴルゴのような一話ないし数話完結型のマンガか、格闘マンガのような絵だけ追ってりゃいいマンガです。

アタマ使わせるマンガはそれだけで不利なのに、全エピソードが数珠つなぎのナニ金の相性の悪さと言ったらない。ないったらない。
途中から読んだら「えっ、これどういう経緯でこんな事態になってるんや」ってアタマを働かせないといけない。前後関係とか行間の補足が求められるとかバカか現代文の問題解きに来たわけじゃねえんだよ。

そういうわけで、ナニワ金融道は選外とさせていただきます。
おっさん好みのマンガなら何でもOKというわけではない、今回のトリッキーな舞台設定の煽りをモロに食らったマンガでした。合掌。


対するミナミの帝王ですが、これは有りです。それも一歩にやや劣る程度の好ポジション。
同じ金融(法律)モノなのに、何故かくも対照的な評価なのか。これから説明いたします。

評価点は三つ。
第一に、予定調和の存在。トイチの闇金を営む萬田銀次郎が、その頭脳と胆力、そしてゼニに対する執念を武器に、ありとあらゆる手段で貸金を回収するというテンプレを確立していること。

第二に、基本的に一話~数話完結型のマンガであること。
何度でも繰り返しますが、このフォーマットはダラダラした気分でマンガを読みたいときにはこの上なく強力なファクターです。コミックスが飛ばし飛ばしで置かれているのが当たり前の中華屋だと、その恩恵は計り知れません(※最近は1エピソードがやたら長くなってますんで、そこは注意が必要です)。

そして第三に、強烈過剰なエモーションの描写。
とにかく過剰なんですよ、喜怒哀楽とか悪意とかの感情描写が。怒りのシーンではバックに火柱ぶち上がるわ、絶望のシーンでは仏教系の地獄絵図が一面にひろがるわ、もはや一種のギャグと化しているレベル。ぶっちゃけ頭悪い。いや頭に悪い。
だがそれが良い。だってわかりやすいもん。仮にも金融や法律といったお固いネタを扱うお話ですが、細部がわからなくても過剰なエモーション描写のおかげで大筋はわかる。つまりこういう具合でわかる。


「あー債務者がカタにハメられたわ。あー萬田はんが怒りで鬼になってはるわ。あーこれは萬田はんが大暴れしまっせえぇ~」

こんなアタマ悪い読み方で全然イケる。これは断然小汚いラーメン屋向き。



以上、ナニ金とミナミの帝王の残酷な対比でした。
一応言っときますと、マンガとしてどっちが面白いって話じゃないですよ。どっちも本当に面白いですから。



⑤ヤンキー漫画の群れ

十把一絡じっぱひとからげに言います。ほぼ全部微妙です。

別に、上に挙げた5作品に限った話ではありません。ここに挙げてないヤンキーマンガの名作たちもだいたい同じ評価です。クローズ然り特攻の拓然り、個人的に好きなナニワトモアレフジケンも全部微妙。

ここで言ってる「微妙」ってのは否定的なニュアンスじゃないんですよ。文字通りの微妙。言うほど悪くはないけど際どいライン。100点満点で言うと65点くらい。そんな立ち位置。

題材はね、良いんですけどね。
ヤンキー漫画なんてそれこそ意識低い系の最たるモノですから、いかに意識の低さを楽しむかという今回の舞台設定にはうってつけです。
加えて、ヤンキー漫画と言ったらケンカ、つまりアクションがつきもの。格闘マンガの項でも述べたとおり、アクションは頭カラッポで楽しめますからね。意識の低さと相まって、ヤンキー漫画のポテンシャルはかなり高いと言えます。

ただ、ストーリーが地続きな作品が多いのがどうしてもネック。

知らない人には意外でしょうが、ヤンキー漫画ってのはしっかりとしたストーリーの読みこみが求められるジャンルです。
ケンカや抗争勃発までの一悶着だとか、キャラクターの思想信条だとかをかなり丁寧に描いている。その積み重ねを知っているからこそ山場のケンカシーンでカタルシスを味わえるわけで、経緯を知らなかったら単なるチンピラのどつき合いですよあんなん。全巻行儀よく揃っていないのが当たりまえの中華屋だと、そのウィークポイントは浮き彫りになる。
あるいは、突き抜けたアクションの面白さがあればそれだけで読めますけどね。ヤンキー漫画のバトルシーンってのは基本的にリアル志向ですから、流石にその辺は格闘マンガに譲らざるをえない。


以上から、小汚いラーメン屋とヤンキー漫画の相性はかなり微妙なラインと考えます。いかにもそういう店に置いていそうなイメージが強いですが、イメージ通りにベストマッチかというと、実はそうでもないんじゃないかと。
強いて言うならカメレオン、というか加瀬あつし先生の作品くらいでしょうかね。卓越した言語センスで繰り出す下ネタギャグはストーリー知らなくても爆笑できる。でもあれは一種の名人芸だからなあ。



EX.「むこうぶち」&「CUFFS」(推薦したいマンガ)

これまでの考察をベースに自分が考えた、小汚いラーメン屋にふさわしいマンガがこの二作品。
なんやそれ知らんわって声が方々ほうぼうから上がるのは承知しています。でもね、推すからにはそれなりの理由があるんですよ。知名度という壁を乗り越えてくるだけの理由が。ちゃんと説明するから座って聞いてくれ。


まずは「むこうぶち」。これは一言で言うと、「麻雀版笑ゥせぇるすまん」です。

【あらすじ】バブル期の日本、高レートの裏麻雀に現れた「かい」と呼ばれる黒づくめの麻雀打ち。本名も正体も一切不明の傀が、様々な賭場に現れては圧倒的な強さで対局者のカネとツキを奪っていく。
破滅にせよ再起にせよ、傀と相対した者の多くはその後の人生を大きく変えられることになる。

あえて言うと、この物語の主人公は説明した傀ではなく、その傀と出くわした対局者の方です。
傀自体は作中における絶対的存在で、まず負けることはありえない。加えて非常に無口でモノローグすら語られることもないから、何を考えているのかほとんど読めない。言うなら麻雀版のゴルゴです。

だから、傀の麻雀自体にドラマは無い。むしろ、死神のような存在の傀と対峙した対局者がどう立ち回り、勝負の結果どうなったのかという人間ドラマのほうが主役。
そういう数話完結のエピソードが約20年に渡って描かれている。それが「むこうぶち」というマンガです。


ギャンブル漫画は中華屋に向かないと「哲也」の項目で言いましたが、このマンガはその例外だと考えます。
傀と出くわした対局者が敗れる過程とその後を描く予定調和の確立と、数話完結型のエピソード。どこから読んでも似たようなおもろい話が読めるってのは、やはり非常に重要なファクターです。
人を選ぶうえにアタマを使わせる、麻雀が題材なのは確かにウィークポイントです。それでも、上述した2つのファクターはそれを帳消しにするほどに強い。

というかね、そもそも麻雀くらい知ってて当然なんですよ。街の中華屋に出入りするくらいの百戦錬磨のオッサンなら(偏見)。
そういうオッサン目線だと、ウィークポイントがウィークポイントにならない。むしろ大好物なぶんメリットに転ずる。それもまたデカい。

以上の理由から、私は「むこうぶち」を強く推すものです。



続いて「CUFFSカフス」。
「むこうぶち」がギャンブル漫画の例外なら、こいつはヤンキー漫画の例外です。さっき軒並み65点と言い放ったヤンキー漫画の中でも、こいつだけは別枠に入れていい。

この漫画のストーリーは、あえて説明しません。
つまらない、というわけじゃないけど、リアリティに欠けるんですよ。特に終盤は話の規模がデカくなりすぎて、現実味のなさにちょっと冷めてしまう。作者さんもストーリー構成なんて考えてられないくらいギリギリだったことが、読んでて容易に伝わります。

でも、そういうウィークポイントを覆して余りある長所をコイツは持っています。それは何か。
ズバリ、格闘シーン。この一点だけで、こいつはヤンキー漫画の壁を超えて推挙するに至りました。文字通り一点突破。

ヤンキー漫画のバトルシーンは基本的にリアル志向だと述べましたが、CUFFSのバトルは一味違う。一言で言うと「ジャッキー・チェン映画の格闘シーン」です。

ヤンキー漫画のケンカシーンって、普通は殴る蹴るのワンアクションが一コマ一コマ止め絵で描かれているもんです。
だけどCUFFSのバトルはとにかくスピーディ。敵味方のアクションがシームレスに流れている。頭使わず楽しめるという点では、それだけでもう高評価。

中でも特筆すべきは主人公の戦い方。椅子でも机でも公園のベンチでも、身の周りにあるものなら何でも武器や防具にしてしまう。なんなら茶箪笥ちゃだんすの下の取っ手付きドアを引きちぎって即席のトンファーにしてしまう始末。
まさしくジャッキーの芸当じゃないですかこんなん。作者さんの映画オタクっぷりがビリビリ伝わってきますよ。こういう意外性があってワクワクさせる戦い方をするヤンキー漫画、私は他に知りません。

かと言って、格闘マンガにもこのバトルシーンは求められない。そもそも素手で戦うのが格闘マンガの暗黙の了解ですし、使い手の流派や戦法がカッチリ決まってるケースがほとんどです。

故に、こういう何でもアリな行儀の悪いバトルシーンは、どうしても格闘マンガではお目にかかれない。それが可能なフィールドは、やはり行儀の悪く何でもアリのヤンキー漫画にしか見いだせない。
だからこそ、CUFFSはヤンキー漫画である必要がある。それでいて、ヤンキー漫画としては強烈な異彩を放っている。


ストーリーは追わなくてもいい。代わりにアクションがハイクオリティ、しかも他所では読めない唯一無二のテイスト。
総じて、普通のヤンキー漫画の長所と短所が逆転したヤンキー漫画。故に、全巻揃っていないことがしばしばの中華屋でも問題なく、アタマを空っぽにして楽しめる。

以上の理由から、私は「むこうぶち」に並び「CUFFS」を強く推すものです。


― ― ―

【おわりに】


以上で、「小汚いラーメン屋でおっさんが読むにふさわしいマンガの考察」を終えたいと思います。

こんだけ語り倒しといて何ですが、そもそもnoteを使う人が好きこのんでそういう店に入るかというとまず無いと思います。

それでもなぜ、これだけの分量で語り倒したのか。
自分でもはっきりわかりませんが、強いて言うならこの二つでしょうか。


一つは、単純にマンガが好きだから。
そしてもう一つは、多くのnoteユーザーが知らないであろう、おっさんならではの楽しみを紹介してみたかったから。


どうあれ、この記事で楽しんでいただけたのなら幸いです。
これだけ書いてなお、触れるべきマンガに触れていない気もいたしますが、ここらでキーボードを叩く指を止めます。
長文に最後までおつきあいいただき、誠にありがとうございました。







追伸


『美味しんぼ』がねえぞ」
とか
「麻雀なら『天牌』があるじゃねえか」
とか
『静かなるドン』がないとかニワカか」
とか、中華屋ガチ勢のおっさんのダメ出しは勘弁してください。



この記事が参加している募集

マンガ感想文

私のイチオシ