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「天上の花」~詩人を描く文芸作品

☆「天上の花」片嶋一貴監督作品

 僕は、あなたを16年4カ月、思い続けてきた・・・。
 詩人三好達治と萩原朔太郎の妹慶子への愛憎を、越前三国を舞台に、達治の師である朔太郎との軍国詩論争を含めて描いた文芸作品です。
 当初懸念していた三好達治の慶子への暴力描写には少し胸痛めますが、何より細部のデイテール(背景、美術、台詞など)がその時代を見事に再現しており、タイムスリップした感覚で2時間超を過ごせました。

1、あらすじ


 萩原朔太郎を師と仰ぐ三好達治は、朔太郎の妹慶子にひとめぼれします。定職がないと結婚を認めないという朔太郎夫婦の言葉に従って、北原白秋の経営する出版社に就職するも倒産。仕方なく、佐藤春夫の姪と見合い結婚。
 日本が戦争へと進むなか、三好達治は軍国詩を発表します。しかし、朔太郎は軍国詩には反対の立場をとり、関係は悪化。そんな中、朔太郎病死。朔太郎三回忌で夫と死別した慶子と再会した三好達治は、求婚。達治は妻子と離婚して、慶子と疎開先の越前三国へ。お嬢様育ちで、前夫から綺麗な女は家事はしなくていいと女中を雇ってもらっていた奔放な慶子は、しだいに三国の食事や生活にあき、三好達治と衝突するようになります。やがて、三好達治は酒におぼれ、慶子に暴力をふるうようになり・・・。

2、主な登場人物


三好達治・・・東出昌大 熱演です。三好達治の自己中心、男尊女卑の嫌な    部分と純粋な天然な、人の良い性分を上手く演じていました。
萩原慶子・・・入山法子  竹久夢二の描く美人画のような大正ロマン的な和服の美女を好演しています。

3.感想

 冒頭から三好達治の詩がでてきます。「山なみとほに」の詩から始まるのですが、真っ青な海を砂浜を翔ける三好達治の無邪気な姿。「海よ、僕らの使ふ文字ではお前の中に母いる」という詩をかぶせています。気持ちの良いはじまりです。この映画、たくさん、詩がでてきます。劇中、字面で追うのは大変でしたが、あとでパンプレットを買うと掲載されており、必読です。


パンフレット・劇中の詩が掲載。



 原作は読んでいたのですが、浅学なので、三好達治の軍国詩への傾倒はほとんど知らず、劇中での萩原朔太郎との子弟の詩に対する論争は、とても面白かったです。ただ、原作は、三好達治の没後まで書かれ、作者の葉子さんとの交流もありますが、映画では三国での慶子との生活に絞っているので、少し偏った三好達治像にもなっています。
 冬になると閉ざされてしまう三国での生活は慶子には退屈でもあり、三好達治には困窮からくる詩作への焦りや怒り、愛国心、男尊女卑の思想等も入りまじり、酒に溺れ、暴力をふるうようになって・・・。
 暴力は反対です。だから、小野画伯の妻が女性でありながら、助けを求めにきた慶子に、「愛すればゆえの暴力です」と三好達治をかばうのは、びっくりして、嫌な気持ちになりました。小野画伯夫婦は慶子にとって、唯一の三国でのオアシスであったはずなので、怖かったです。愛情表現が下手だから、芸術家の暴力はものを生み出す苦しみの暴力にも繋がるといえば聞こえはいいですが、やはり、許されるものでないです。
 慶子にも、三好達治の好意を拒絶したり、挑発してバカにするような態度もあり、夫婦どちらも一般的には共感を得る人たちではないです。
 逆に、三好達治の前妻が結婚を決めるとき、「太郎を眠らせ、太郎の家に雪ふりつむ。次郎を眠らせ、次郎の家に雪ふりつむ。」こんな優しい詩を読む人なのですから・・・。というシーンは、彼女の綺麗な朗読の声もあって、とても好感でした。
 三好達治が離婚した妻子に食料やお金を仕送っていることで慶子と喧嘩する場面。同時代を生きた太宰治は、妻が幼子を抱えて配給に長時間並んでもらってくる缶詰を太田静子のところへ持っていく、と大喧嘩していたことを思いだしました。そんな三好達治も太宰治も、残した作品には、人々を感動させ、心揺さぶるもの多いです。
 天上の花、は、俳句では曼殊沙華のことで、秋の季語として使われていますが、三好達治は辛夷の花のことをさし、色紙に好んで書いた一遍の詩に由来するそうです。

 山なみ遠に春はきて
 こぶしの花は天上に
 雲はかなたにかへれども
 かへるべしらに越ゆる路

 戦争をはさんで、必死に生きた人々。軍国詩で評価され、国民的詩人になっていく三好達治の苦悩を通して、反戦をテーマに読み取ることもでき、いびつな形の忘れられない恋物語としても観れる文芸作品だと思いました。

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