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転校先で一番仲良くしてくれた友達に17年ぶりに会ってきた

いつも以上に個人的な備忘録。

小学生の頃、転校先で一番仲良くしてくれてた友達に17年ぶりに会ってきた。わたしたちは28歳なので、なんと11歳以来の対面である。

なぜ会うことになったかといえば、Instagramで数年前から相互フォローしていて、「会いたいね〜」とメッセージのやり取りをしていたから。どういう経路でフォローに至ったのかは謎。共通の知り合いもいないはずなんだけどなぁ。とにかくSNSは偉大。

友達は関東で結婚して、2児のママになっていた。11歳の138cmくらいだった子が、久しぶりに会ったらいつの間にかお母さんになっていた。月並みだけど、時間の流れはすごい。でも人間というか動物は世代を繋いでいくものだから、子供がいるのは自然の流れであり、そんなに驚くことではない。

17年ぶりに会ったらさすがに緊張するよなぁなどと想像していたが、全然。そのままのノリとテンション感で、なにも違和感なかった。11歳の頃とはさすがに何もかも変わってるはずなのに、なにも違和感がないのは何故だろう。共有した時間が長いから、解凍するのも簡単なんだろうか?

わたしが「ターン」が嫌でスイミングを辞めたことや、北朝鮮と秋田は緯度が同じだからミサイルが飛んできたら終わると話してたことを、聞かされた。全然覚えてないから面白い。人と暮らすからこそ記憶を相手に持っておいてもらえる。ずっと一人でいるのはよくないなぁ、と思わされる。

友達は子育てをしながら保育士さんをしているらしい。「大人と話すの苦手だから、保育士か介護士がいいかなと思った」「子供を産んで家族で暮らすのが夢だった」「働くより早く結婚したかった」みたいなことを話してくれて、あぁその価値観いいなぁ、いまのわたしの周りにはあまりいないタイプだなぁと面白かった。

働くのが当たり前というか、「どう働くか」みたいなことをよく考えてしまうけれど、子育てや家庭中心の生き方ももちろん存在するよなぁ。大人と話すのが苦手だから子供相手の仕事、というのも面白い発想だなぁと思った。わたしも教育ジャンルに興味を持ったことはあるけど、それはあくまでも「こういう社会になったらいい」みたいな、やたら大きな意識の上でのこと。「大人よりも子供と話す方が合う」というのは、個人的に斬新で面白かった。

懐かしい感情って、感情の中では一番好き。生きてきたことが自然と肯定されるというか、自分はちゃんと生きてきたじゃんと思えるというか。

もし余命宣告されたら、きっと懐かしい感情を味わう旅をする。懐かしさを感じ切ったら納得して死ねるんじゃないだろうか。

未来の希望よりも、過去への納得を突き詰めたほうが、個人としては幸せに生きられるような気がする。

17年後といわず、また会えたらいいなぁ。転校先で3年間ちゃんと生きてたんだなぁってことが感じられて嬉しかった〜。28歳なら、ちゃんと28歳分生きている。それはみんなそうだから、もうそのことだけで誇りに思っていい。

おまけ
転校先の小学校は木造で、なんと、水洗トイレじゃなかったんです。ぼっとんトイレでした。転校当時すでに平成14年(2002年)でしたが、ぼっとんトイレでした。それが辛くて、転校してから三ヶ月間家で泣いていたのを思い出します。

毎日投稿24日目。田舎(君津)から都会(みなとみらい)に移動して、懐かしい友達に会ったり、推しのライブイベントに参加したり、リフレッシュできた一日。あしたは午前にホテルでちょっとだけ仕事して、また夜には田舎に戻る。みなとみらいって好きなんだよなぁ。

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