マガジンのカバー画像

掌編/短編小説

68
基本的に連作ではない小説をまとめています。日常から一歩だけ外れた世界、そこらへんに転がっている恋、病とふだんの生活、鬼との友情なんかを書いています。
運営しているクリエイター

2020年2月の記事一覧

『スターターピストルの音は待たない』

『スターターピストルの音は待たない』

「位置について」

褐色のグラウンドにかがんで膝をつけ、つま先をつけたらかかとを上げる。鼓動がとくとくと早まる。美しきクラウチングスタートの姿勢。

審判は高く右手を空に掲げる。空は一点の曇りもない。桜の花びらがどこからかふわりと舞う。青と白のコントラスト。彼の手にはピストル。

「よーい!」

地面についた指を立て、いよいよの時を待つ。

グラウンド、100Mのコースの先には真っ白なゴールテープ

もっとみる
『ゆびの音、骨の音』

『ゆびの音、骨の音』

完璧な仕事は美しい音楽の進行とよく似ている。

静かに始まるAメロ、今後の上昇を心地よく期待させるBメロ、そしてドラマティックなサビ。なだらかな曲線を描いてから終結するようにわたしはこれまで数々の任務を楽々と成功させてきた。これはおごりでも自画自賛ではなく周知の事実だ。

だが今、目の前の人型ロボットを前にして人生初の挫折の予感をひしひしと感じている。気を取り直すために首元のネクタイをきゅっと閉め

もっとみる
『二月になれば、彼らは』

『二月になれば、彼らは』

二月三日月曜日、節分。
赤鬼の僕は有給を取って幼稚園にでかける。
「鬼は外、福はうち」遊戯室の中で園児は大声で叫びながらデンロク豆を僕に向かって力のかぎりに投げつける。やー! うおりゃー! 四方八方から小さな手で投げられた豆がぴちぴちと体にあたりまくる。

黒のタンクトップに虎柄のパンツを履いて、模造紙を丸めて作った棍棒を持ち、鬼のお面をつけている僕は、まるで歌舞伎役者のように手のひらをぐっと開い

もっとみる