短編「そう都合良くはいかない」

※ランダムワード「無」「ルビー」を題材にした短編

男は握りしめた拳をその必要は無いが慎重に開いた。

大粒の、よく磨かれたルビーが出てきた。

思わず声が漏れる。ルビーの美しさに対して、だけではない。丸々一年かかっていたのだ……


あれは去年の7月。男は奇妙な夢を見た。

全身がルビーで出来たミロのヴィーナスが追いかけてくるというものだった。

どこに逃げ隠れしても必ず見つかるので、ハンマーを手に抵抗を試みるのだが、ヴィーナスの俊敏な動きに付いていけず、とうとう押し倒されてしまった。

なぜか彼女は安心したように、「お邪魔しまーす」と挨拶をし、潜り込むようにして男の中に入ってきた。比喩などではなく、男の胸あたりからするりと体内に侵入してきたのだ。体の奥に冷水が染み渡るような、味わったことの無い感覚がして男は目覚めた。

翌日、派遣先の作業現場で仲間にこの夢を話したところ、欲求不満なのかと笑われてしまった。確かに、女と一体化する夢なんてそう思われても仕方ない。例え相手がルビー像だとしてもだ。男は夢を忘れることにした。

だが忘れられなかった。

男の体に異変が起きたのだ。

体からルビーが吹き出すようになったのだ。

最初に汗や便が赤く染まった時は病気を疑ったが、よく見るとキラキラ輝いていることに気付いた。くしゃみをすると赤みのかかった砂のようなものが出てくる。極めつけに、皮膚にところどころ鉱物の層のようなものが、まるでカサブタのようにへばりついているのだ。

あの奇妙な夢のせいなのかと考えた男は、剥がしたカサブタを一部、鑑別してもらった。

やはりルビーだった。原石のため売っても大した金にはならないが、先に病院に行かなくて良かった。あのヴィーナスはルビーの女神かなんかだったに違いない。

ルビーを何とかして磨きあげれば、良い小遣い稼ぎになるかもしれないと男は考え、研磨の方法を調べてみた。

スマホを操作している最中、突然手の甲からルビーが吹き出してきた。ある程度磨かれたような輝きがあり、このタイミングで湧いてくるのは、まるで「研磨など必要ない」と言われているかのようだ。

男は試しに「もうちょっと大粒が欲しいな」と呟いてみた。

大粒のルビーが出てきた。見た感じ不純物が多いのか色が汚い。

「分かった、小粒でいいから綺麗なやつで。」

リクエスト通り綺麗なルビーが出てきたが、砂どころか粉と化していた。

男は理解した。これは神から授かった才能と考えるべきだと。

その日から男の試行錯誤が始まった。

まず、ルビーの採れる量を調べた。一日に出てくるルビーの量はムラがあり、コップ一杯分くらいの日、牛乳パック一本分の日、まれにバケツからあふれる量のルビーが採れる日もあった。節約すると欲しい時にたくさん出せるが、勝手に吹き出ることもあった。体調がいい日は多めにだせるようなので、コンビニ弁当生活をやめ自炊に変えた。

次にルビーの作り方だ。声で命令する必要はなく、念じれば出てきた。拳を作り、体内のルビーをかき集めて固めるイメージだと、大きくて丸っこい粒を作りやすい。反対に手や指の平を擦る手もみのような動きだと小粒や粉末で作れて、手を叩くと結晶感の強い平たいルビーになる。ジュエリーを意識すると磨かれて生まれるが、集中力が低いとルビーが割れて出てくることもあり思い通りの形は難しかった。

そして色だ。鶏のささみみたいな薄さ、レバーのような濃さ、むらもあったりで全然綺麗な赤にはならない。体調や集中力ではなく、ルビー生成の回数で安定するようで、毎日しっかり同じ量を作っていると段々色が安定してきた。ある時友人と遊びに出かけてルビー作りをすっぽかしたら、次の日それはそれは透明度の高い薄ピンクのルビーが生まれたので、二度とサボらないと神に誓った。


こうしていつ間にか時は経ち、まるまる一年後の7月、ちょうど七夕の日に、男は初めて大粒で形も色も良い、宝石店に置いてありそうな美しいルビーを生み出した。すでに失敗作を詰めた瓶やペットボトルで部屋は真っ赤にコーディネートされていた。

「やった……」

思わず声が漏れた。男は感傷的になりかけたが自分を律した。ここから先が大変なのだ、ルビーを売らなくてはならない……男の頭の中で拙い計算が始まった……その時。

「ようやく見つけたぞ、ルビーの女神よ。」

男は文字通り飛び上がるほど驚いた。声の先に見知らぬ男がいる。喪服と言わんばかりの黒スーツの男が、土足で居間に立っている。

「……なんで?」

軽くパニックを起こしつつ絞り出した質問は若干的外れなものだったが、喪服男はそれに答えた。

「無からルビーを作り出す力は自然の理に反しているからだ。私はそれを正しにきた。」

内容はピンと来なかったが、その剥き出しの敵意から、「自分はこの一年、上手く行き過ぎていた」ということだけは分かった。

「私はちょうどお前の真逆、『ルビーから無を作り出す』ことが出来る。」

男が指を鳴らすと、近くにあったルビー詰めの瓶が破裂、いや消滅し、そこに「無」が生まれた。


第一話 完 (続くかは不明)

入川礁/役者/脚本/舞台/ボイスドラマ/SHOWROOM/映像/Twitter/ホグワーツ3年生(25歳)/遊戯王エンジョイ勢/最近シャドウバース始めました



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